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8. 昔の話3

それから、もう三杯くらい飲んだ頃だろうか。 そろそろ出ようかとタケが言うから、先に御手洗いに立った。 探偵がついてくると言うのを断って、一人座敷から下りる。 乾杯のビールから合わせて6杯。結構回ってるかもしれない。 用を足し手を洗って、ふわふわとした足取りでトイレを出る、───と、誰かにトンとぶつかった。 「ごめんなさい」 咄嗟に謝り、少し見上げる。 30代くらいの男の人、弛んだネクタイに乱れたYシャツ、会社帰りのサラリーマンだろうか。 「あ、いや…」 酒に酔った赤い顔を逸らし、ズレた眼鏡を直す。 「お仕事帰りですか?お疲れさまです」 「あ、いや…。あの…、君は…?」 顔を逸らしたまま、掌で顔を押さえて訊いてくる。 「僕も、お仕事終わってから来ました」 「家、どっちの方かな?フラフラしてるし、送っていこうか…?」 「んー…あっち。あれ?あっちかなぁ?青山ってどっちですか?」 「えっ、…あっちかな」 「あっちかぁ。ありがとうございます」 「…あの、送るよ、本当に」 「あはは。青山と来てるから、大丈夫ですよぉ。事務所のうえに、いっしょに住んでて…。んと、雪光はぁ、探偵だから、頼りになるんです。だからぁ、大丈夫なんです」 ありがとうございますと頭を下げる。 何時もなら、個人情報をこんなにペラペラと喋らなかっただろう。 お酒が回っていて思考力が低下していた、としか思えない。 探偵に言わせたら、君にはいつも危機感が足りないのだよと怒られてしまうだろうけれど。

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