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12. 人殺し3

「で、さっきのはなんなんだよ」 解らないことだらけである。 昨日探偵事務所に来ていた人が、今日も事務所の外に来ていた。 探偵は、話した相手が直ぐにどの人か言い当てた。 それに、ビルの入口で両腕に掴まって背伸びをさせられた。 「先に飲む物を持って来給え。喉が渇いた」 喉が渇いたのは、水やりの作業をしていたこちらである。 「君は水分を持っていたから平気だろうが」 いやいや、あれ僕が飲む為の水じゃないから! 仕方ない。こうなった探偵は、梃子(てこ)でも動かない。話そうとしない。 給湯室でアイスティーを淹れて、ソファーに腰を据えた探偵にグラスを渡した。 探偵はアイスティーを一口、テーブルにグラスを置く。そして勿体ぶって口を開いた。 「今後君は、一人で表へ出ないよう。花壇の水やり、駐車場の掃除にも私が付き添おう」 「えっ?なんで??」 確かに4月からこっち、一人での外出は控えるように、自分が居ないときは必ず鍵を掛けるよう、等と子供に対するお母さんの様なことは言われてきた。 けれど、水やりにもとは、些か過保護過ぎやしないだろうか。 「君がアイスティーを淹れている間に窓から確認してみたが」 「うん?」 窓へ向かおうとすると止められる。 「先ほどの男がまだ此方を覗いていた」 「えっ?な、なんで?」 「君は一度、あの男と話している」 「うん…、昨日…」 「いや、数日前の夜だ」 「数日前って…?」 記憶を遡ってみる。 最近夜に出歩いたのは、タケに誘われて渋谷に飲みに行った日だけだ。 他の日には、夕方に連れだって買い物に出たくらいで…。 午後6時過ぎが夜だと言われれば、そうかもしれないけれど。 それにしたって、僕としては、あの男の人には一向に会った覚えがない。 ……と言うことは─── 「……もしかして、居酒屋で…?」 酔ってた所為で覚えてない、とか? 「帰り際だ」 やっぱり。あの日はタケたちと別れた記憶もぼんやりだから、他人のことなんて更に覚えているわけがない。 「え、でも、話したからってなんで?」 「どうせ君がペラペラと個人情報を曝露したのだろう」 探偵の目が、スッと細められる。 そんなこと覚えてないよ…。 呆れてる?ヤバい、探偵、呆れてる! や、でも家は此処ですって伝えたとしても、会いに来る必要なんてない筈だ。 来たなら来たで、ちゃんとそう伝えるだろうし。 見ているだけだなんて、そんな…… 「十中八九、あれは君のストーカーだ」 「なっ……!?」 ストーカーって……! 「だって僕、男だよ!?あの人男だよ!?」 「世の中には色々あるのだよ。ゲイに、バイセクシャルに、ストレートを惑わす魔性に」 「だっ……えっ、なっ」 「下で君に指示したあれは、向こうから我々がキスをしているように見えるよう、要は相手を牽制したわけだが」 「キッ…!?しっ、しないよばかっ!」 「さて、効いていれば良いが。先日の牽制にもめげなかったようだし」 「大体そんな、キスなんて、人に見えるとこでしちゃだめだろ!」 「別に本当にしたわけではないのだから、構わないだろう」 「やっ、してない…けど!」 「なら、ここでするかい?ここならば誰にも見られる心配はない」 「えっ…?」 「それとも、窓際に寄ってまた見せつけるか」 「だっ……しないってば、ばか!」 「女子中学生か、君は」 肩に乗せられた手を払いのけると、探偵は呆れたように息を吐き出した。 恥ずかしさに、なかなか息が整わない。 確かに今のはちょっと、子供っぽかったかもしれない。いや、でも─── 「そう言うのは、大切な人とだけしなさいって前にも言っただろ」 「私は君が大切なのだが」 「そう言う大切じゃないよ。…まあ、大切って言われて悪い気はしないけど」 すぐにストーカーだと気付いてくれたり、心配してくれたり、本当に大切に思ってくれているんだろう。 それは素直に、嬉しい。 「兎に角君は、四六時中私から離れず傍らにいるように」 だからと言って、これはやっぱり、過保護すぎると思う。

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