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15. 取調室初体験記念2
人殺し…か……。
そう言えば、あの男の人は大丈夫なんだろうか?ちゃんと病院に運ばれたのかな?それともあの時既に……
無事だといいな。
「じゃあ、あっちの件はどうなんだ?」
「あっち…?」
「男のストーカーってやつだよ」
「それは…」
この人は、端から否定したりせずに、聴いてくれようとしているのか。
外見は怖いけれど、中身は優しい人なのかもしれない。
僕は彼を信じて、探偵から聞いた出会いから話した。
元々順を追って話すのが得意では無い僕の拙い話を聞き終えた刑事は、机に肘をついたままで頭をガシガシと掻いた。
「まあ、あんのかもしんねェな。最近は男に痴漢する男ってのも増えてるっつーしなァ」
「信じてくれるんですか…?」
「いや、聞いたまんま丸々とは信じねェが…」
嘘ついてるようには思えねェんだよな、と刑事はまた頭を掻いた。
葛藤か、何か考える仕草なのだろうか。
正 さん寄りの、昔気質の刑事のようだと思った。
今までに取り調べに来た刑事たちとは違う。
きちんと話を聞いてくれる人だ。
「あの、刑事さん……名前、訊いてもいいですか?」
「名前?巌本 だ」
巌本さん……。この人のゴツイ外見にピッタリだ。
少しだけ、笑いが零れる。
「巌本さん、ありがとう」
もう怖くない、その小さな瞳を見つめてお礼を言うと、彼は少し目を逸らして小さく、おう と応えてくれた。
そして、椅子を立つ。ドアの外に人の気配を感じたからだった。
ノックの後、
「ガンちゃん、入っていいかい?」
声に応えて、巌本さんが内側からドアを開いた。
「おはよう、ご苦労さん」
「おはよう、おやっさん」
おやっさんと呼ばれた人を見る。
口が、あの形のまま固まった。
巌本さんが、水を取りに行くからと部屋を出て行く。
「ごめんね、風吹ちゃん。俺ァ昨日非番でさー、朝一で知って色々済ませてたらこんな時間になっちまって」
「正さん!」
ここ、正さんの職場だったんだ。
あれ?でも正さん、港区の方の管轄じゃなかったっけ?
僕の表情を見て疑問を嗅ぎ取ったのだろう。
正さんは、人員不足でここに仮所属しているのだと説明してくれた。
出産休暇と署員の入院が重なったらしい。
「警察は怖くなかったかい?」
「ううん。巌本さん、良い人だったから」
「そうかい、そいつァ良かった。アイツは強面のせいで誤解されやすいからねェ」
見知った顔に会えて、ホッとした。それと同時に涙が粒になって零れた。
「あぁ、やっぱり怖かったねェ」
正さんは頭を撫でて、ポケットからティッシュを出して渡してくれる。
涙をぬぐって鼻をかんでいると、目の前にミネラルウオーターのペットボトルが差し出された。
「ほらよ、待たせたな」
「あっ、ありがとうございます。お金…あ、お財布、没収されたまま…」
「いいよ、記念に持って帰れ」
「記念……」
取調室初体験記念……?
正さんの顔を見て、相当気が緩んでいたのだろう。
自分が容疑者であることも忘れて、思わず吹き出していた。
「あー、記念っつーのは違ったか」
巌本さんが頭を掻く。眉尻を下げて。
いただきます、とペットボトルを口にした。ごくんごくんと飲み込むたび、乾いていた体内が潤っていく。
「風吹ちゃん、もうちょっと待っててな」
口を離して、正さんの顔を窺う。
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