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21. 風吹の力1

渡された鍵を使おうとすると、探偵事務所の中から人の気配を感じた。 身構えると、 「葵様でいらっしゃいますか?」 女性の声がした。 はいと答えると、扉が開かれる。 探偵の妹、青山詩子だった。 「風吹様はご無事ですね!?」 顔色が悪い。彼女も心配で寝られなかったのだろう。 「ええ、大丈夫です。今は疲れて眠っていますが」 「そうですか…」 詩子は安堵し、大きく深呼吸するとソファーに腰を下ろした。 葵は彼女に真正面から向かい合うと、深く頭を下げる。 「誤認逮捕です。申し訳ありませんでした」 詩子は目を見開いて葵を見つめ、やがてその目を細めた。 「警察の方でも謝ったりなさるのですね。それとも葵様だけ、特別なのでしょうか」 「個人によると思います。お恥ずかしい限りです。私が上に立ったら徹底させたい事項の一つです」 少しの嫌味を込めたつもりだったのに、真剣な顔でそう返され、詩子は自分の小ささに少しだけ笑った。 そして葵にソファーを勧め、入れ替わりに立ち上がる。 「兄が書類をお渡ししましたでしょう?コピーをとりに来られるのではないかと、お待ちしておりましたの」 お貸しくださいと手を出されたから封書を渡す。 「いつからこちらで?」 「葵様が来られてからですわ。居ても立っても居られず、一晩中玄関におりましたの。兄がバタバタと煩かったものですから、すぐに分かりました」 探偵のデスクの隣、複合機に書類をセットし、用紙が出てくるのを待つ。 「書類の内容はご覧に?」 民間人は関わり合いにならない方が良いだろう。しかし顔ぐらいは知っておいた方がいい。写真があれば、それを見せるべきか。 「いいえ。ですが、今は立て込んだ仕事も無いようですし、兄がストーカー被害に合っている最中の風吹様を置いて出掛けるなど、逆にその事に関係あると言っているようなもの」 静かな部屋に複写機の音が響く。 それでも詩子の声は、凛としていて聞き取りやすかった。 「信頼する警察の方がわざわざ出向いて下さっているのです。データをお見せしない理由がありません。それならば先にコピーをとっておけばよいものを、風吹様が心配でそれどころじゃなかったのでしょう。愚かな兄だと罵っても良いのですが、…それだけ風吹様が大切なのでしょうね。あれ以来何物にも執着を持てなかった兄にとっては、良いことだと思いますわ」 それを総て考え導きだし、ひとり探偵事務所で待機していたのだろう。 自分も眠れないほどに心配していたのに、無事な姿を一目見ようともせずに。 聡明な女性だと、葵は素直に感心した。 同時に、息継ぎもなしに話すところなどやはり兄に似ているなと、本人が聞けば顔を赤くし力一杯否定するであろう事を感じた。 「葵様、ではこちらを」 「ありがとうございます」 「こちらは私から兄に戻しておきますわ」 詩子はコピーしたものを青山探偵事務所の封筒に入れ葵に渡し、オリジナルを元の封筒にしまった。 葵はコピーを取りだし、写真の載ったページを探した。

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