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24. 葵と詩子2

女性のこうした部分に、葵はなかなかついていけない。 まだ、探偵の長ったらしい話の方が、耳にすんなり入ってくる。 関係のない長話が始まったかと思いきや、最後には必ず目的にたどり着くからだ。 回りくどいが、まったく必要のない流れでもない。 しかし女性たちの話は突然突拍子もない方向へ飛び、そして行き成り元の話へ戻ってくるのだ。流れが読めないのである。 関係のない話なら、挟まないでくれないかと思う。 しかし、それが彼女たちの会話の潤滑油なのだと言う。 そう言われても理解できないから、葵は女性から好意を寄せられることが多い割に、一人と長く続けることができない。 そのうち、自分は誰かと分かち合うことなど出来ないのだと考えが飛躍し、女性に対して苦手意識を持ち、距離を置くようになった。 女性に対してだけではない。 同性の男に対しても、自分と相手との間に厚く高い壁を自然と立ててしまう。 身構えてしまうのだ。 「兄などはテラス席にいても涼しい顔をして腹立たしいことこの上ないのですけれども、その方は汗だくでよれていたものですから。初めに見かけたときは店内の席にお座りになれば宜しいのにと思いまして、それで覚えていたのですけれども」 やはり毎日のように、風吹さんを見るためだけに通っていたのか…。 買い物の行き帰り、ただ事務所の下で一瞬だけ通る姿を見ていたのか。 後ろからついて行ったりはしなかったのだろうか。 探偵がいるから、追えなかった…? 「暑い日の風吹様は、とっても可愛らしいんですのよ。葵様、知っていらして?」 「いえ。それはどの様に?」 関係のない話は苦手だと思いながらも、風吹の話とあればつい食いついてしまう。 「お風呂上がりのように頬が上気して、目はうつろ。火照った顔をして熱い息を吐かれますの。潤んだ瞳に、薄く開かれたくちびる。首を滴る汗、うっすらと湿って張り付いたシャツ」 「それは……、襲われなくて良かった…」 詩子の描写に導かれるように想像し、葵は心から安堵した。 「ですわよね!そうなんですの。殿方なら思わずむしゃぶりつきたくなりますもの!」 「それ、は……」 正直似たようなことを───彼の肉体の危機を感じたわけだが、そこで彼女に同意してしまうことは憚られた。 男が、他の男からそのように見られていると指摘されることは、喜ばしくないことである。自分であれば気分を害す。 優しいあの人ならば笑って許してくれるかもしれないが、出来ることなら無理に笑わせたくはない。 「詩子さん、風吹さんは、その…、男性ですので…」 「はい。勿論殿方でいらっしゃいますわ」 「ええ。ですから、男が男からその様に…」 「あらあら、刑事様ともあろうお方が、偏見ですの?感心致しませんわ」 「いえ、そういうわけでは…」 「それでは、風吹様の魅力が葵様には伝わらないと言うことですのね」 心底悲しそうな顔をして、詩子は残念ですわと顔を伏せた。 「いえ、そうではなくて…」 このままでは誤解させてしまうかもしれない。 葵は弱った顔で、懸命に言い訳を探す。 「…例えばですが、同じことを青山さんに───」 到底ありえないことと思いつつ話し出した例え話の途中で、葵は言葉を切って耳を澄ませた。 階段を上ってくる足音が聞こえる。男の、革靴の音だ。 猫を膝から下ろし、こちらは足音を立てぬようにドアへ近づく。 ───ストーカーか? もし、エスカレートして事務所や家まで上り込もうと言うのならば…… 足音は止まる様子をみせず、2階を素通りしようとする。 意を決し、ドアを開き階段を見上げる。 余り大きくはない、男の背中が見えた。 男が、振り返る。 「───っ!」 その見覚えのある顔に、葵は見上げた姿のまま数秒間、その場から動けなかった。

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