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28. 来訪1
階段を上る足を止めた男を見上げ、葵は目を見開いた。
しかし直ぐに体勢を整え、男に向かい敬礼をする。
「こちらは警視庁捜査一課管理官、名波警視です。失礼ですが、風吹さんのご家族でいらっしゃいますか?」
詩子がえっ、と小さく声を上げた。探偵事務所から顔を覗かせる。
「私は風吹の兄弟ですが、あなた方は?」
「私達は彼の友人です」
「そうですか」
「───お待ち下さい!」
では失礼と会釈をして三階を目指そうとする風吹の兄弟を、詩子が慌てて引き止めた。
「何か?」
「風吹様は徹夜明けで先ほど帰られたばかり、まだお休み中でいらっしゃいます。どうか今少し、寝かせて差し上げては頂けませんか?」
「徹夜…?」
眉が怪訝そうに顰められる。
「どうぞ、こちらでお待ち下さいませ」
詩子が促すと、彼は渋々と言った様子でそれに従った。
目の前を通り過ぎる彼の姿に、本当によく似ていると目が吸い寄せられる。
しかし、顔は似ているがその雰囲気は全く異なっている。
髪型の違いと、スクエアの銀縁眼鏡の所為だろうか。
……いや、それだけではない。
圧倒的な自信、他者を寄せ付けない瞳。その外殻には、やけにヒンヤリとした空気を纏っている。
一方、風吹には誰でも受け入れてしまう懐の深さがある。殻どころか、むしろ殻を溶かす温かい空気に包まれている。隙だらけで、警戒心がない。
だからこそ皆から愛され、だからこそ危ういのだ。
彼とは反対に危うさのない兄弟は、ソファーの手前で立ち止まると葵に名刺を差し出した。
「風吹の双子の弟、一条 伊吹 です」
財務省主計局総務課───成る程、省庁トップのエリート官僚の揃う部署だ。
大学もそれ相応の学校を出ているのだろう。
その自信も裏付けされたものらしい。
葵も名刺を差し出した。
それに続き、詩子も彼に向かい頭を下げる。
「青山詩子です。未だ学生の身でございます故、名刺はご容赦下さいませ」
詩子は未だ社会人ではない。それ故、名刺は一般人には見せられない自らのイラストとサイト情報の載った、イベント用の物しか作成したことがなかった。
「どちらの大学で?」
「学修院女子短期大学2年生です」
「随分とお若いんですね。其方も警察の方でいらっしゃいますし、風吹とは何処で知り合われたんでしょうか?」
「このビルの店子、青山探偵の繋がりです」
答えると、葵は詩子に、こちらにお茶をお出し頂けますかと声を掛けた。
辛らつな言葉が彼女を傷つけてはならないと考慮したからだった。
どう言ったものが好みかと訊かれると、伊吹はアイスティーを求めた。
そして言い辛そうに、
「ガムシロップを2つ頂けますか」
そう付け加える。
そのほんのり赤く染まった顔を見ると、詩子は緊張した面持ちを崩し、彼に笑顔を向けた。
「はい。お持ちいたしますわ」
足取りも軽く給湯室へ消えてゆく。
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