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29. 来訪2

まじまじとその顔を観察するわけにもいかず、葵はテーブルに置いた彼の名刺を見つめる。 もうすっかり読み終えたものである。しかし、視線のやり場が他にない。 テーブルの上、グラスの中で溶けた氷がカランと音を立てた。 静寂な時が流れる。 伊吹も口を開こうとはせず、男2人ソファーで向き合い座り、ただ何処かを虚ろに見つめる。 チリン───と、鈴が鳴った。 チリチリと音がしたのは葵の足下で、それまで大人しくしていた猫がピョンと膝に飛び乗ってきた。 天の助け、とまではいかないが、有り難い伏兵の登場に葵はフッと笑みをこぼす。 「にゃっ…」 猫ではない。人の声が聞こえて、葵は顔を上げた。 「にゃ~っ、猫ちゃんだぁ~っ」 そして、猫を撫でる手を制止させる。 これは……誰だ───!? 瞳をウルウルと輝かせて、立ち上がりこちらを覗いている。 「しろいっ、ふわふわっ、かわいいにゃ~っ」 正確には、ふあふあ、と聞こえたが。 猫はその、氷のような視線を放っていたはずの男に、顔だけ向ける。 「目っ、みどりー!かわいいっかわいいっ。猫ちゃん、僕とあそぼ?」 ご機嫌を窺うように上目遣い。 猫はプイッと顔を背けると、葵を見上げてにゃあと鳴く。 「あ~っ、ツレナイ!そんなトコもかわいいにゃぁ」 ネコが、好きなのだろう。 「いいなーいいな~、名波さん。僕もだっこしたい。だっこしていい?」 「え…、その……」 「だっこ、させて」 潤んだ瞳で、両手を握られると、葵は呆然としたままコクンと頷いた。 「やったー!ありがとうっ」 笑顔である。笑顔が弾けている。 「おいで、にゃんこ~」 猫の両脇を抱えて持ち上げる。 この男は、誰なのだ───!?

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