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35. 好きなんだ1

更科春子は元執事の現秘書、中川高虎が扉を開けるのを待ち、後部座席から降り立った。 車は国産のセダン車だ。更科家所有だった黒の外車は処分し、今は元々中川の所有していた車を利用している。 生まれながらに染み付いた生き方はなかなか変えることができない。 それでも少しずつ、少しずつでも変わっていけたらと、春子は自分なりに節制に努めていた。 高貴な思想を持ち、恵まれない者に対する義務をと思うなら、それなりの行いをしなさい───と、あの探偵に言われたことに従っているようで些か複雑な心境だけれど、その言葉自体は間違いではない。 あの時春子の目の前には、目から鱗が落ちたかのように、白く真っ直ぐな道が開けたのだった。 そこ──児童養護施設【菜の花園】にも以前より頻繁に訪れるようになっていた。 菜の花園には、下は1歳から上は高校3年生までの子供たちが暮らしている。 今は夏休み中だ。まだ夕食には早い時間だが、部活動へ出ている中高生、アルバイトに出掛けている高校生以外は皆揃っている筈である。 春子がホールに足を踏み入れると、気づいた子供たちがわらわらと集まってきた。 笑顔で挨拶をかわすと、子供たちを連れたまま歩みを進める。 周囲の子供たちに目を配り、その一角、───部屋の片隅に異様な空間が存在することに気が付いた。 1人が膝を抱え込んで座り、その周りを数人が囲っている。 珍しい顔がいる、と春子はそのうちの一人に目を止めた。 普段は食事時以外部屋に引きこもって顔を見せない中学2年生の男子、潤也(じゅんや)だ。 顔には困惑の表情を浮かべている。 「そんなことないぞ。俺はおまえのこと好きだぞ」 体育座りの背をポンポンと撫でているのは小学1年生の竜弥(たつや)だ。 何かショックなことでもあったのだろうか。 春子は群がる子供たちに少し離れてもらうと、其方へと足を向けた。

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