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37. 好きなんだ3

「風吹、顔を上げなさい」 風吹は膝にうずめたまま、顔をプルプルと横に振る。 「子供たちに心配をかけて、どうでもいいとはどういう了見ですか」 「……ごめん。でも…」 「どうでも良かったら皆、貴方の傍になど留まりません」 「だって、僕なんて…」 何かがあったのだろう。くぐもった声が濡れそぼっている。 「…高虎だって、僕より伊吹の方が……」 伊吹? 誰のことだ? 主に視線を向けると、首を横に振られる。 「ここに来ていることは探偵殿には?」 「……青山なら、心配しないから」 行先も告げずに家を出て、心配しないことなどあるだろうか。あの男に限って。 「探偵殿に何か言われたんですか? そんなのはいつもの意地悪でしょう。彼の言葉をいちいち真に受けていたら…」 「青山だけじゃなくて!……葵君も詩子ちゃんも、伊吹がいたら僕のことは要らなくなっちゃって……」 「名波警視と詩子お嬢様も?」 「僕、一人ぼっちで……もう、帰りたくない…」 背中が震えている。うっすらと見える頬に涙がはらはらと伝い落ちる。 こんな風に泣かせるだなんて、一体あの探偵は何をしているのだ。 胸がむかむかしてくる。頭の血、胃の中が煮えたぎるようで、気持ちが悪い。 「その伊吹と言うのは誰なのですか?」 「弟。…双子の」 風吹の背を撫ぜていた春子の手が、ピタリと止まった。 強張った主の顔に、中川は彼女もまた妹のことを思い出しているのだろうと思った。 自分よりも父親に愛された妹。 スタイルが良く派手で見栄えの良い、効率良く稼ぐことの出来る妹。 (ことごと)く自分よりも優れている───と思いこみ強い劣等感を持たずにはいられない相手。 彼女の闇が妹であったように、風吹もまた、弟に闇を見ているのかもしれない。

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