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43. 今日からオレの嫁3
「竜弥、僕はお前の嫁にはなれないけど、今日はご飯一緒に食べてから、帰ろうかな」
帰ったって歓迎されないなんて、一人暮らしをしていれば普通のことだ。
青山で暮らし始めた頃なんか、もっと非道かった。
虐められるし、叩かれるし、罵られるし……あれって今考えると、軽い暴行だったんじゃないだろうか。
そんな探偵が、優しくなったとか、懐いただとか…。
好きだと言わせたからって、……調子に乗ってたのかな、僕は。
探偵、ボンボン、六大学。あいつと僕との違いなんて、数え上げればキリがないほど。逆に共通点は皆無だろう。
管理人と店子。そんな風に出会わなければ、知り合う機会もないような人種だ。
帰ったら、詩子ちゃんにお願いして、部屋を交換してもらおう。
やっぱり一緒に暮らすなら、血のつながりのある妹の方が良いだろうし、詩子ちゃんのご両親も安心するだろう。
どうしても嫌だと言われたら、2階の空き事務所に住めばいい。あそこはどうせ、もう何年先までも開けておかなくてはいけないのだから。
「ふぶきー…、おまえ、オレの嫁、イヤなのか…?」
心細げな声に、はっとする。繋いだ手の力が頼り無い。
「あー…、嫌、とかじゃなくてな」
こういう場合、男同士で結婚は出来ません、とハッキリ教えてやった方がいいのだろうか。
そう言えば、潤也は何か知ってそうだった。
「潤也ぁ…」
助けを求めて声をかける、と。
「ふぶきはオレよりじゅん兄が好きなのか!?」
いやいや、待て待て待て。どうしてそうなる。
「俺には、アンタの誘惑、効かないですから」
そしてこっちも、なんでそうなる!?
………仕方ない。ご飯の後、もう少しだけ付き合うか。
「じゃあさ、竜弥。ご飯食べたら、一緒に風呂、入るか」
「はいる!」
即答かよ。嬉っしそうな顔して。
「んで、寝るまでついててやるから」
「うん!」
「朝起きて僕が居なくても、泣いたりするなよ。ちゃんと夏休みの宿題やんだぞ」
「え…、ふぶき、帰っちゃうのか?」
急にそんな悲しそうな顔をして…。心配になっちゃうだろ。
「待ってる奴がいるからな」
僕は今、淋しい顔になっていないだろうか。
誰も待ってなんかいない現実に、打ちのめされた顔をしていないだろうか。
「……そう、だよな。ふぶきは家族、いるんだもんな」
「お前たちと一緒。血は繋がってないけど、大切な家族がな」
「…うん。大切だ…。大切だから、じゅん兄のこと、許してやる」
「そっか。いいこいいこ」
頭を撫でると、竜弥は顔を少し赤く染め、頬を膨らました。
大人ぶりたい子供に対して、不配慮だったかな?
ひとり反省していると、
「それ、もっかいやって…」
顔を下に向ける。
…んだよ、可愛いやつだなぁ。
「ん。ほら、よしよし」
「……今はふぶきにやられてるけど」
「ん?」
「いつかはオレが撫でてやる。ふぶきはちっちゃいから、オレの方がデカくなるのなんかあっという間だからな!たかにいよりデッカくなってやんだ」
「はいはい。追い越されるのを待ってるよ」
「ホントにあっちゅーまだかんな!」
「後6~7年ってとこじゃない。風吹さん、俺より小さいし」
「んなっ!? なんで潤也はそう言う可愛くないこと言うの!」
「中学生相手にベソかいちゃう大人に可愛いって思われなくていいです、別に」
「なんつー可愛くなさ!!」
「じゃあ俺、夕飯まで部屋に籠もるんで、淋しいとか言って泣きながら探さないでくださいね」
「探すかーっ!」
広間から出ていく潤也の背中を見送る。
最近の中学生は、冷めてるのだろうか。
いや、僕たちの時代もそうだった? 反抗期ってやつかな。
部屋から足を踏み出す一瞬、潤也が少しだけ振り返った。視線がかち合うと、慌てて目を逸らす。
……なんだよ、もう。冷めてる、なんて勘違いだ。
初めに見つけたのが自分だからって、そのまま放っておいても構わないはずなのに…。
人に押しつけたりせず、ずっと傍にいてくれたんだ。
言葉少なで少し意地悪だけど、そうじゃないね…潤也。
本当は、なんて優しいやつ。
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