117 / 211

49. 帰ろう3

睨み上げる瞳が、涙で濡れている。 恐怖ゆえか、…そう言えば先ほど怒っている声が聞こえた。 僕のことを「嫁だ」なんて言ってるんだもん。さっきのあれが、ショックだったのかもしれない。 「君は?」 「ふぶきはオレの嫁だ!」 探偵が怪訝そうに僕の顔を見てくる。 いや、違うよ?僕が言わせてるんじゃないんだ。 って言うか、男にキスとかしちゃうお前が、そんな顔してんじゃねーよ! 「仕方ないでしょう」 竜弥の頭を撫でながら、潤也が言った。 「その人、天然フェロモン凄いんだから。俺もさっき胸撫でまわされて、ヘンな気起こしそうになったし」 「潤也っ!?」 「一条君、君は子供相手に一体何をしているのだ…」 「いやっ、違うよ!潤也の胸筋触ってただけでっ!大体潤也もなんだよ!天然へろもんって!」 「風吹さん、カタカナ弱い?ヘロモンじゃなくてフェロモン」 「どっちだっていいよ、そんなの!」 こっちの動揺はお構いなしで、潤也は愉しそうに口元に握った手を当てて笑う。 「俺、女だけって思ってたけど、風吹さんだったらイケるかも」 「そうです!それが風吹様の魅力なのです、潤也」 「春子さんまで何を言ってるんですかっ!? ちょっと、高虎!」 「いや、俺は……私は、貴方のことを親友だと思っておりますから…」 そこで視線を逸らされると疑いたくないことまで疑っちゃうんだよ高虎!? 「とりあえず、この場はお開きと言うことでいかがでしょうか?風吹も探偵殿と帰ると言うことで」 高虎の提案に、腰を抱きしめる竜弥の腕に力がこもる。 ───と。 「次、中学女子と低学年女子~。お風呂空いたから入っちゃいなさいね~」 浩介先生の間延びした声が響いた。 「あれ?どうしたの、お初さん?」 目立たないわけがない、上背がある端正な顔立ちの男。 走り回っていたのか、今は髪も幾分乱れているけれど、ビシッと背筋の伸びた四肢の長い男が、凡人の僕と向かい合っているのだ。 気づかれない筈がない。

ともだちにシェアしよう!