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59. 不安定4
頭上へかかる影。
頭にポンと、誰かの掌が触れた。
誰………?
「いやぁ、ヘンなタイミングで来ちゃったなぁ」
見たことのない、黒髪の男に、頭を撫でられていた。
気配を感じなかった。何時近くに寄ってきたのか、全然気づかなかった。
「お姫様を泣かせるなんて、いけない王子たちだ。悪いこと言わないから、俺にしとかない?」
あごに指がかかって、上を向かされる。
視線が交差すると、色気を含んだ甘い微笑が向けられる。
「泣き顔も、キレイだよ」
瞬きすると、頬に涙が伝い落ちた。
幾分見えやすくなった視界に映る、20代半ばの、目鼻立ちの整った男。
優しげな微笑みを宿している反面、どうしてだかその瞳の奥に危険な光を覚える。
「いただきます」
顔が近づいてくる。
その台詞と行動がどうにも繋がらなくて、首を傾げる。───と、
「っ…ぃテェーッ!!」
殴打音が瞬間3回聞こえたかと思うと、目の前のその人が頭を抱えて床にしゃがみ込んだ。
そのすぐ背後には、それぞれに拳を握りしめた探偵と、高虎と、葵君……。
な…なに……??
「この男はバイセクシャルなのだよ」
「え…?なにが?」
「どうしますか?痴漢の現行犯逮捕で確保しましょうか」
「えっ?痴漢?」
「貴方はまったく…。どれだけ鈍ければ気が済むんだ」
「鈍いってなんだよ!?」
さっきまで一触即発だったくせに、なんで3人で結託して僕を責めるんだよ!
「あの…、大丈夫ですか?」
しゃがんだままのその人に手を差し伸べる。
掴み返そうと伸ばされた手が、バチンと弾かれた。
代わりに暴力的な探偵の手が、僕の手に触れてくる。
「この男に触ると妊娠するよ」
「っ…しっねーよ!男は妊娠しねーんだよ!!つーか、冗談でもそういうこと言うな。そう言うこと言われたら、傷つく人とか……、っ」
思いがけず、しゃくり上げてしまった。
探偵は、済まなかった、と声を落として、指先で涙を拭ってくる。
情緒不安定だ。皆が何も教えてくれないとか、僕だけが何も知らないとか、…そんなことばかりが問題じゃない。
僕自体が、不安定なのだ。
伊吹に居場所を取られることを恐れたり、昔のことを思い出したり、皆が僕を心配してくれているというのに、当の本人は勝手に悩んで勝手に荒れて……。
「───っ」
探偵の胸を拳で叩く。
滅茶苦茶だ。やっていること、やろうとしていること、ぜんぶ無茶苦茶だ。
「一条君?」
「手!」
もう一度、今度は左手でボスンと叩く。
「手、広げろ」
探偵は、怪訝そうに掌を広げる。
「違う。腕」
腕が左右に分かれて、がら空きになった胸に、思い切りしがみついた。
「一条君…?」
遠慮がちに、背中に手が回される。
「うっせーんだよ…」
思い切り足を踏んづけてやると、探偵はくぐもった悲鳴を上げた。
「テメェら俺に内緒かなんかしんねーけどコソコソしやがって…、ウゼーんだよ。そろそろこっちも限界なんだよ。ぜんぶ………っ、ぜんぶ!包み隠さず吐きやがれガキ共!!」
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