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67. 最期のラブレター2
傷付いているから涙が出るわけじゃない───そう自分に言い聞かせて、探偵の胸にしがみつく。
「じゃあ、次は俺から」
カラスの手が、ふわりと頭に触れた。優しい感触がした。
先程閉じたノートパソコンを再び開ける音がした。
「まず、女の名は杉内稀世 。錦糸町のスナック妙で働くホステスだ」
「ホステスですか…」
「歳は29、独身。店の経営者──ママは中村妙子、39歳。店が開いたのは15年前で、稀世が入ったのは5年ほど前だ」
背中を撫でる温かい手に、大分心が落ち着いてきた。
首だけ振り返ると、画面にもう一人、着物の女性が映っていた。
「警察で調べが付かなかった村越と坂田の関係だが、所謂出会い系サイトだな。同じサイトを利用した痕跡があった。利用日は村越が先、遅れて約3ヶ月後に坂田。共に入会当日に退会している。
因みに、使用媒体だが、村越は勤め先の普段は部下が使用しているPC。残業の際にでも拝借していたんだろう。利用時間は21時を回った頃。
坂田はネットカフェのPC。渋谷駅に程近い店の個室のものだ。
登録には同様に捨てアド、フリーアドレスを利用している。
入会当日の退会の理由は簡単。杉内稀世と知り合い、即個人の連絡先を交換。続ければ金が掛かるからやめるようにと促されたからだ。その際のやり取りのログが残っていた。
稀世の言う通り、この出会い系は女はゼロ円だが、男には一日毎に会費がかかる仕組みになっている。1ヶ月も会員であれば利用が無くとも数万の金が取られる。だから二人共慌てて退会したと言う訳だ。
しかし会費が高額な分、出会い易さは格違いと裏では有名なサイトらしい」
「警察にも掴めなかった情報を、何故貴方が?」
「俺のパソ様はコイツだけじゃなくてね、家には超高機能な、もうパソコンなんてお呼びできませんってレベルのスペシャルなコンピューター様が鎮座していらっしゃるわけ。そのお母様 にお願いすると、ちょちょ~いって、……いや、これマズいでしょ、警察の前で。刑事さんったら聞き上手で困っちゃうなぁ、もう」
「……何も聞かなかったことにします」
「マジ!?愛してるっ、名波ちゃん。今晩辺りどう?」
「続きをお願いします」
つれないねぇ、と無表情の葵君に流し目を送ると、カラスは次の画像を映し出した。
村越さんと思われる男の人と、坂田さんの写真。それから写真と同じサイズの青い四角が、2人の左側に一つ、右側に1つ。そこから、真ん中の白い四角にそれぞれ一本の直線が線が引かれている。
白い四角は、件 の出会い系サイトを示しているのだろう。
そして、四角からは下に向けて一本の直線。その先は、杉内稀世の写真に伸びていた。
「さて、この様に、4人の男が杉内の毒牙にかかったわけだ」
内、2人が亡くなっている。
いや、それが時間軸で並べられているのなら、左の1人も既に……?
「黒羽さん、少し宜しいですか?このパソコンには画像データしかないようですが」
葵君がディスプレイの青い四角を指さす。
「ここに入る人物の名前は、家へ帰れば確認できますか?」
葵君の問いに、カラスはニヤリと笑って答える。
「刑事さん、俺は世間ってヤツを信用できない質でね。デジタルにも紙媒体にも、文字の情報を残したりしない」
「…そうですね、すみません。貴方を利用してしまうところでした。それを調べるのは我々の仕事です」
「うん。───やっぱりアンタも、俺の好みだ。美人刑事さん」
片目を瞑って、今時投げキッスまで見せたカラスから、葵君は困惑の表情で目を逸らす。
「名波警視のお持ち帰りなら構わないよ。一条君から目が逸れるだろうからね」
探偵には、フザケる余裕があるらしい。逆にからかわれてイッパイイッパイの葵君は、探偵をキツく睨みつけた。
そんな葵君に、カラスはフッと笑みを零し、それから自分の頭を指さす。
「安心して、葵ちゃん。情報はすべてこの頭の中にインプットされてるから」
葵君は眼光を緩め、視線を探偵からノートパソコンの画面へと移した。
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