136 / 211

68. 最期のラブレター3

「まず、この四角はお察しの通り、稀世の利用している出会い系サイトだ。 この女は不定期にこのサイトを利用し、男を物色している。めぼしい男に連絡を取り、返事のあった男、そこから毎回1人を選ぶ。 だが、当然一途と言うわけではない。前の男、更にはその前の男が切れる前にだ。 しかし、男は切れていないが、男の金は切れている」 「金目当ての出会いですか」 カラスはそれには応えず、まず一番左の青い四角にカーソルを動かす。 クリック音と共に、青かったそれが赤色に染まった写真に切り替わった。 「瀬戸弘幸、IT関連会社の取締役だったが、不渡りを出し倒産。こいつはもう用済みだ」 「瀬戸弘幸…」 葵君が手にした手帳をパラパラとめくる。 「未解決事件のガイシャです」 「そして、2人目の村越栄治、これはボンボンだが醜い妖怪面だ。金がありゃあ男はモテるはずだが、その顔のせいか一切オンナが寄らない。 で、初めてのオンナ、稀世に貢ぎまくってたことを父親に責められ、更に仕事も出来ないじゃうちに置いておけないと、勘当を言い渡された。 そしてご存じ3人目の坂田昭彦は、会社での横領がバレ、懲戒免職」 2人の写真も、順々に赤く染まってしまった。 嫌な演出だ。吐き気がする。 「見たくないならば目を逸らしてい給え」 探偵が耳元でそっと囁く。 首を振って、体ごとテーブルのパソコンへ向かった。 ここで目を逸らしてしまったら、坂田さんは永遠に、僕の中で死ねなくなってしまう。 早く犯人を見つけて楽になって欲しいのに、僕が結末を見ないで心残りにしていたら、あの人は心配して傍から離れられなくなるだろう。 彼が、成仏できなくなってしまう。 それは───僕の勝手な思い込みかもしれないけれど。 「4番目は加藤万里。唯一の妻帯者だ。つっても、63のジイさんだがな」 前の3人は20代後半から30代だとカラスは言う。 「1月に、妻の父親の遺産が幾らか入った。稀世に派手に貢いだらしいが、そろそろネタ切れだ。元々大した額でも無かったからな。奥さんの方も勘付いているっぽい。連れ合いと別れるか、稀世と別れるかで揉めたらしいが」 加藤万里の写真が、点滅を始めた。 「稀世は切るつもりだろう」 「坂田を殺ったのは…」 「やっぱり刑事さんも、そう思う?」 お金の切れそうな人に、用済みの人を処分させていく。順繰りに……。 そう言うことなんだろうか……? 「だから、お互いに恨みのない犯行、交換殺人みたいなものって言ったわけだ。まあ正しくは『交換』じゃなく、『順繰り』殺人なんだけどね。 警察はさ、俺みたいな善良な市民より先に、裏サイトや出会い系の取締まりに力を入れた方が良い気がするね」 「善良なハッカーがいるのかは賛同しかねますが、同感です。早急に上に掛け合ってみます」 「葵ちゃんは真面目だねぇ」 カラスは葵君が眉を僅かに動かしたのを見て、愉しそうに目を細めた。 「で、どうすんの?」 「もし杉内稀世が殺人を教唆したならば、殺人罪で裁けます」 「ところが、稀世が殺せと命じた証拠がない。本人、男の物と、ログから全部調べ上げたんだがな。 こうなると、口頭で伝えたかも怪しいもんだ。それと悟らせるように、他の言い回しで伝えた可能性がある。 そうすっと、女は股掛けしただけの男狂いのただの淫乱、男たちが勝手に揉めてやり合った、ってことになんないか?」 「…そう…ですね……」 葵君は顔を曇らせ、黙り込む。 「坂田殺しの犯人は、加藤万里で決まりだとして、証拠が出ればジイさん本人はしょっ引ける。しかし稀世に、縄は掛けられるか」 「───ならば、」 ずっと黙って話を聞いていた探偵が、フッと笑みをこぼした。 悪戯を思い付いたような愉しげな声。 伸ばした指先で、ノートパソコンのタッチパッドに触れた。 「逮捕とは別の方法で壊してしまえばいい」 カラスが止めようと手をはたき落としたが、時すでに遅し。 稲妻のような光が走ったかと思うと、パソコン画面はプツリとブラックアウトした。 「あーもう、俺以外が触ったらデータすっ飛ぶようにしてるって前にも言ったでしょうが、センセー」 「そうだったか。生憎と記憶力が悪くて済まないね」 ウソだ…。絶対、ワザとやってた。 膝に抱かれてる僕には、喉の奥で笑う声が密かに聞こえてくる。 「青山さん。壊すとは、前の──更科春子さんの会見のように?」 「流石キャリア殿。察しがよくて助かる」 「しかし、警察はそのような発表は……」 「出会い系、インターネットというものを駆使して罪を犯したならば、それで返してやればいい」 振り返って探偵を見る。 …悪い顔をしている。凄く良いことを思い付いた、悪い人の顔だ。 うわぁ、と思ったのが顔に出てしまったのだろう。 探偵は掌で僕の視界を覆うと、首を元の方向へ戻させた。

ともだちにシェアしよう!