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70. 卑屈なお姫様2

「春子様…」 高虎が非難するようにお嬢様の名前を呼ぶ。 「盗み聞きのような真似をしてしまいました。申し訳ございません」 「その、皆様が風吹様を可愛い可愛いと告白のようなことをされていましたでしょう?私たち、つい聞き惚れてしまいまして…。申し訳ございませんでした」 春子さんと千春さんに倣って、詩子ちゃんも頭を下げた。 「つーかさ、お嬢様方は別に部屋の外から聞いてたわけじゃないじゃん?ノックもしてたし」 「そうだよね、話に夢中で気づかなかった僕たちが悪いよ」 「いえ!事の成り行きを見守り、風吹様がどちらの殿方をお選びになるのか、そんなことが気になって、声を掛けそびれてしまった私たちが悪いのです」 「選ばないよ!?」 「えっ!?」 何故そこで驚く!? 「詩子」 探偵が低い声で妹の名前を呼ぶ。 詩子ちゃんはビクッと肩を震わせた。 「何時から、…いや、どこから聞いていた?」 「葵様が、風吹さんは可愛いですと仰ったところからです。その後、中川さんと兄様が続かれて、風吹様が落ち込んだ顔をなされたので、私たち堪らず…」 「この……馬鹿者が」 「……ごめんなさい」 詩子ちゃんが、探偵に何も言い返すことなく、しおらしく謝った。 あ……、まずいな、こんなこと思ったら。 こんなこと考えてるなんて知られたら、きっと探偵に怒られる。 詩子ちゃんだって、きっと気分を害してしまう。 でも、今、詩子ちゃんがすごく可愛く見えるんだ。 竜弥や結由花とおんなじ、子供みたいで、すごく可愛い。 「姫、どうしちゃった?キラッキラしてるよ」 「うわあぁっ、姫って言うな!」 突然目の前に現れたカラスの顔に、ハッと意識を取り戻した。 「で?」 「でって?」 「だって今、目~キラッキラさせてたでしょ?何を見てたのかなぁ?と思って」 「キラッキラなんてさせてないけど…」 どんな表現だよ。僕は少女漫画のヒロインかなんかか。 「いや、今さ、詩子ちゃんが雪光に怒られて謝ってただろ。なんかいつもと違って、しおらしくて可愛いなぁって思って。いや、勿論詩子ちゃんは普段から可愛いんだけど」 「おっ…おぉ…」 カラスが奇妙な声を上げた。 「どした?」 「いや、…これが噂の、天然か……」 「なんだよ、天然って。別にボケてないだろ」 「聞いてはいたが、直に体験すると破壊力ハンパねーな」 「え?なんか僕、スベッた?」 「いんや、ハマった」 ハマった……?おかしなことを言うやつだ。 「あっ、そんなことより、詩子ちゃんたちどうしたの?下に用があったんじゃないの?」 「え、えぇ…。その、そろそろおやつの時間かと思いまして…」 あれ?どうしたんだろ。詩子ちゃん、顔が赤い。 もしかして─── 「詩子ちゃん、熱ある?あ、もしかして部屋が暑いかな。エアコンの温度下げようか」 「妹嬢も大変だなぁ。あはは」 「笑い事じゃないよ。熱中症は怖いんだからね」 「あのっ、私でしたらご心配には及びませんのでっ」 「あはははっ、やべーっ、これ超萌える~っ」 笑い事じゃないって言ってるのに、カラスは腹を抱えて笑い転げる。 最近上品な人とばっかり接しているから、こういうノリは懐かしくて。嫌いじゃないけど……。 「───もう、しょうがないな」 探偵の膝からぴょんと飛び下りる。 ……いや、ごめんなさい、詩子ちゃん。僕、君のお兄さんの膝に座ったままで……。 詩子ちゃんだってきっと最近はそんなことさせてもらっていないだろうに…。 「おやつにしようか」 羞恥を抑えて、皆に笑いかけた。 「黒羽は笑い止まないとおやつ無しだからね」 「…ヤバい、なにこのときめき。……恋?」 「もーっ、馬鹿なこと言ってないで、大人しく座ってなさい!」 こうして杉内稀世の件は曖昧なまま、その日は解散となった。

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