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78. 残酷な結末1
風吹が足を踏みならして給湯室へ消えていくのを見送って、探偵は警視と向き合った。
「それよりも、話したいことがあってここに来たのだろう」
葵はその秀麗な顔に神妙な表情を浮かべ、ソファーへ腰を沈めた。
大人しく膝にくるまった猫の背を、その手が自然に優しく撫でる。
猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「アレには言わない方がいい話なのだろう?」
「言いたくはありませんが」
「言わないと、仲間外れとまた拗ねる、か」
頷く葵からは、困惑した様子が読み取れた。
「単刀直入に聞こう。何があった?」
「その前に───」
葵が気遣わしげに詩子を見ると、探偵は苦笑して、妹の額を指で弾いた。
「コレは此処から動くつもりはないのだろう。居ないものとして扱って構わない」
「ですが……」
女性には酷な結末である。まだ年若い、未成年に聞かせて良い話か……。
思い悩む葵に、詩子は黙って頷いた。
「詩子さん……」
口を開かない。居ないものとして扱えという兄の言葉に従っているのか。
葵は一度深く目を瞑り、大きく息を吐き出してから口を開いた。
「杉内稀世が殺害されました」
瞬間詩子は眉根を寄せ、悲鳴が漏れないよう口を押さえた。
探偵は僅かに眉を動かしただけで、静かに「そちらで決着が付いたか」と呟いた。
「犯人 は───」
「加藤万里」
「ええ。自首してきました」
「これで、片は付いたということだが、さて……」
探偵に視線を向けられて、葵は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「マスコミにしてみたら、面白い事件なのでしょう。報道規制は敷けていません。世間に明るみになるのも時間の問題かと」
「一条君の耳に入るまで、後僅か…。現在、加藤万里は?」
「渋谷署にて取り調べを受けています」
「私が面会することは?」
「───やはり……。そう言われると思い、手を打っておきました」
葵の手が、猫の頭を大きく撫でた。
猫はニャーとひと鳴きし、その膝から飛び下りる。
「エリート警視と言う階級は、便利なものなのだな」
「来月には警部に降格しているかもしれませんが」
ニヤリと口端を上げた探偵とは反対に、痛む頭を手で押さえて、現警視はソファーから腰を浮かせた。
「下に呉島さんの車が来ています。───すみませんが詩子さん、風吹さんに、私は急用が出来た為に帰った、とお伝え頂けますか?」
「承知致しました」
「折角コーヒーを淹れて頂いているのに、申し訳ありません」
本人には聞こえていないだろうに、給湯室に向かい深く頭を下げる。
「詩子、私も席を外す。風吹はお前に頼むよ」
「はい。責任をもってお守り致します」
「ディナーは私が戻ってからどうにかする。遅くなっても決して表には出ないよう」
くれぐれも、と探偵が言い残し、2人は静かに事務所を出て行った。
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