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81. 大人の顔3

カツン───と、陶器の触れ合う音がした。 冷めたコーヒーを飲み干して、風吹は深く息をつく。 出て行ってしまう……。 風吹様が出て行ってしまう………。 詩子の鼓動が激しくなる。 頭から血の気が引いて、思考が回らなくなる。 どうすれば………どうすればいいの、兄様……!? 「───でもね」 行かないで───!! 「みんなと離れたら、頑張れないなって。 傍にいられないのは、もう淋しくて、耐えられないんだ。 僕、いい年して、……弱っちぃよね」 「………っ……風吹様ぁー……っ」 生まれてこの方出したことのない荒れた声を上げて、詩子はソファーから床に崩れ落ちた。 「えっ、詩子ちゃん!?大丈夫!?」 「らいじょうぶららいれず~っっ」 「えっ?なに!?」 兄に対して豹変こそすれども、普段は上品なお嬢様の詩子が、人目も気にせずうぉんうぉん泣いている。 「ひろぃっ…うたこは…っ、ふぅう゛きさまがぁーーっ」 「よ…よーしよし、どうどう…」 風吹は詩子の背中を撫でて、ハンカチを差し出した。 「ばか~っ」 絨毯に身を投げ出して、何かを叫びながら転げまわる。まるで駄々っ子である。 どうしよう……、詩子ちゃん、何がどうなってこう……? もーっ、雪光のやつ、なんでこういう時に限っていないんだよっ! 転がる詩子をハンカチを持って追いかける。 それを遊んでいるのと勘違いしたのか、猫がハンカチにパンチを仕掛ける。 その時、風吹のお尻のポケットに入っていたスマートフォンが電話の着信を告げた。 「ちょっとごめんね」 ディスプレイに映し出された名前は、『中川高虎』 風吹はすぐに通話ボタンを押す。 「高虎っ!?助けてっ!」 「風吹───っ!?」 思わず、用件を述べる前に助けを求めていた。 中川の声が緊迫に包まれたことに気づき、風吹は慌てて事情を説明する。 「───わかった。今下にいるんだが、鍵が閉まっているから出かけたのかと思って電話を」 「じゃあすぐ下に迎え行くから!」 電話を切って、階段を駆け下りる。 扉の向こう側で、中川と春子が待っていた。2人を迎え入れ、2階の事務所へ戻る。 詩子はボロボロな姿で、ソファーに正座して3人を待っていた。

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