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88. 竹取物語6

「なんでも、望むものを与えていた。しかし女は、それは違うあれは違うと難癖をつけ、一度も満足をしなかった。まるで、なよ竹のかぐや姫だ、等と加藤が言うものだから、杉内稀世の顔を一度でもきちんと見たことがあるのかと返してやった」 「……お前、人の傷口抉るような真似、やめろよな」 「かぐや姫とは、屋敷の中までもを光で満たしてしまうほどの美しさを持ち備えているのだよ、一条君。私にとっての君がそうであるように。普通の女では到底敵わない」 ……今、不吉な言葉を聞いた気がする……。 が、空耳と言うことにして、先を急かした。 「なかなか手に入らぬものを求めているうちは、まだ可愛い我儘だ、で済んでいた。しかし杉内稀世は竜の首の珠だけでは飽き足らず、加藤に、坂田の魂の回収までも求めた。殺せとは、言われなかったそうだ。反対に、このままでは自分が殺される、と」 カラスが言っていた。杉内稀世が殺せと命じた証拠がない。口頭で伝えたかも怪しいものだ、と。 「稀世を失いたくない一心で、加藤は坂田を手にかけた。果たして、この時点で稀世から見れば加藤は用済みだった。すなわち女は、次の寄生先を見つけていた」 「次の…寄生先……、新しい男?」 「私が送りこんだ。ステルス、と呼ばれる男だ」 ステルス───それもまた、カラスと同じく二つ名なのだろう。 地味な見た目に、両手に余る財産。 いや、坂田さんの時のように、会社の金を横領させる手も、杉内稀世にはあるのか。 「竹取物語でも、中納言が死んでいるな」 思い出したように、探偵がぽつりと言った。 死んだ、と聞いたら、急に水をかけられたみたいに心臓がひゅっと冷たくなった。 「…そうなの?」 「姫が手に掛けたわけでも掛けさせたわけでもないが、…燕の産んだ子安貝を取りに行き、掴んだと思った途端転落、必死に手にしたものは結局古い燕の糞でしかなかった。気弱になった中納言は病床につき、そのまま息を引き取った。 大納言もまた、姫の難題をこなせなかったばかりか、船での探索中嵐に遭い、重病を患っている。 姫は前出の5人の他、帝とも和歌の遣り取りをしていた。 3年の月日が経ち、十五夜に姫は月の都へ帰る。 帝には、一通の手紙と不死の薬とが残された。 永遠に生きられる方法を持ちながら、帝はその薬と手紙とを一番天に近いと言う、富士の山に焼きに行かせた。 ───あふことも 涙に浮かぶ わが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ」 和歌……? なににかはせむ…?? 「───もうかぐや姫に会うことができず、流れる涙に浮かんでいるようなわが身にとって、不死の薬などがいったい何の役に立つというのだろうか」 詩子ちゃんの声が、シン───とした部屋に響いた。

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