161 / 211

1. 怒りの理由

あの日僕は雪光に、襲われた───のだと思う。 部屋に入るなり腕を強く引かれてベッドに組み敷かれて、有無もいわさず顎を押さえ舌をねじ込まれた。 感情をぶつけるような激しいくちづけに、雪光は必死なんだろうと感じた。 切なくて、哀しくて、なんだか淋しくて……、涙がこぼれた。 あぁ、僕は董子さんの代わりなのだろうと。 今の2人には会えない理由があって、きっと顔や背格好が似てるだとか、雰囲気が似ているだとか、それで僕に彼女を重ねて。……甘えていたのかも知れないな…って。 静かに涙をこぼしながら、あいつの激情を受け止めた。 雪光の手が、腰を撫でる。ムズムズして、身体をズラした。 そこで漸くあいつは、僕の顔を瞳に映した。 ハッと目を見開いた。 少しだけ僕の顔を見つめて、直ぐに身体を離した。 あぁ…、やっぱりな。 好きな人に重ねて見たって、僕は僕でしかない。男だ。女にはなれない。 今までだって、他の女性を代わりにしてきたんだろう。 僕じゃ余りに、不格好すぎるよ…。 「……すまない」 そう言って、その夜雪光は家を出たきり、昼過ぎまで帰らなかった。 それ以降、向こうからは禄に口も聞こうとしないまま、寝るときも決してこちらを向こうとはせず、ベッドの端で壁に向かって。 そんなわけで、俺の(はらわた)はそろそろキレそうなぐらい、煮えくり返っている。

ともだちにシェアしよう!