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16.認めるよ3

チヒロは声の震えを抑えて、話し続ける。 「でね、心配だったけど、預けて出かけたの。日曜の昼間で、二次会も行かないで立食パーティーだけで帰って。………そしたらあの子、すごい熱を出してて」 鼻を啜る音が聞こえた。 「慌てて救急車呼んだけど、手遅れで…」 俯いた頭を、やんわりと撫でる。 「訊いたらあいつ、友達から呼び出しかかったからって遊び行ったらしくて、預けた姑もパチンコ行きたかったから、駐車場の車に寝かせて置いたって……」 すん───と、鼻を啜る音が重なった。 「あたしが出掛けなけりゃ良かったんだ。あたしが、あの子を殺したんだよ…っ」 「っ…違うだろ…。チヒロじゃ…ないだろっ!」 「だからあんたには話したくなかったんだよ!泣くなよー、ばかぁ…っ」 「だって、ずっと、チヒロは家族でしあわせだろうって…っ」 「もう5年も前の話だって言ってんだろっ!別れてっ、今は、しあわせだよぉっ」 「うえ~…っ、僕の子がぁ」 「ばかっ!てめーの子じゃねえって言っただろー」 「あの頃のチヒロの子供なら、僕の子供も当然だも…っ、うぅ~っ」 「じゃあ4ヶ月もほっとくなよ、ばかっ!」 「ごめん…ごめん……っ」 頭を撫で続けながら、チヒロにごめんを繰り返す。 大切に出来なくてごめん。 守ってあげられなくてごめん。 ずっと一緒にいられなくてごめん。 「また、君は私に断りなく泣いて」 これからも、傍にいられなくてごめん……。 雪光の掌が、頭にふわりと触れる。見上げると、人差し指の背で涙を拭われた。 「君を泣かせていいのは私だけだと、いつも言っているだろう」 まったく……。 空気読めよ、ばか…。 そんな、余裕無い顔してさ。 僕が、チヒロの元へ帰ると思った? ……頭良いんだから、ちゃんと聞き取れよ。 チヒロは、今はしあわせって、そう言ったんだぞ。誰か、しあわせをくれる人がいるんだろ? 僕にとってのおまえがそうであるように、チヒロにもきっと、愛してくれる人がいるんだよ。 だから─── ああ…、そうだな……。 解らない、と思ってた。 これが、どういう好き、なんだか。 それどころか、僕はこの男を好きなのか、嫌いなのか、それすらも判っていなかった。 そりゃそうだ。 男だから、女だから、なんて常識に囚われた頭で考えたって、わかる筈がない。 認めるよ、雪光。 心が叫んでる。 おまえが好きだって─── 涙を拭う手に、頬を擦り寄せた。 ピクリと反応した手が、遠慮がちに頬を撫でる。 「ほら、チヒロ、ティッシュ」 ナナがチヒロにポケットティッシュを渡した。 相変わらず遠慮なく、チヒロは強く鼻をかむ。 耳が痛くなっちゃうぞ、って何度も注意したのに、全然直ってない。 「雪光、僕もティッシュ」 「風呂上がりでそんなものを持っているわけがあるまい」 「んだよー、鼻垂れたらおまえの浴衣で拭くぞ」 「あー、いいよ、フブキ。あたしがかんでやるから。ほら、ちーんして」 チヒロが新しいティッシュを鼻に当ててくれると、今まで大人しくしていたタケがブッと堪えきれずに吹き出した。 「いやいや、確かにお前らこーだったわ」 「そうそう、恋人っつーか、お姉ちゃんと弟?」 「チヒロからの告白もさ、フブキ可愛いからあたしのオトコにしてやるよ、でいきなりちゅーっ、とか」 「フブキも、うん!俺もチヒロ大好き!とか言っておきながら、そのあとカレシなんだから俺がしっかりしなきゃ、とか必死になってさぁ」 「「フブキ超かわいーっ」」 「タケ、ナナ、おまえら煩い!」 「えへっ」 「笑ってごまかすな、ばかタケ」 2人の悪ふざけの所為で、僕たちの涙もすっかり止まっていた。 4人の時間(とき)はまるで10年前に戻ったかのようで、ただ雪光と葵君だけがその場に置き去りにされていた。 「どうする?あたしらこれから飲むけど、フブキたちも来る?」 チヒロが何も持っていない手で、杯を傾ける仕草をとる。 「いや、やめとく」 雪光に確認をとるまでもなく、僕はチヒロの誘いを首を横に振って断った。

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