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18.好きだよ

食事が終わり、仲居さんが布団を二組敷いてくれた。 少し離れていたそれを、雪光がぴったりくっつける。 「付けんな」 仲居さんが淹れていってくれた日本茶で食後の一服をしながら、一応文句を言ってみる。 雪光は顔だけ振り返ると、冗談を言うように小さく笑った。 「私は、君がいないと眠れないのだよ」 また、甘えているだけなのだろう。 僕は、この男が僕の居ないところで寝ている姿を何度も見ている。 「前は昼間、事務所で随分寝ていたろうが」 「前にも話しただろう。昼間だから眠れていたのだ。それでも眠りは浅く、君の気配で何度も起きていたよ」 「夜は眠れなかったってこと?」 「夢を見るのだよ」 雪光が、湯呑みに口を付ける。 まるでオシャレなグラスで冷酒でも飲んでいるみたいだ。 確かにこの湯飲みも高級なのだろうけれど、この男が手にすると、例え100均の茶碗ですらお洒落に見えるのだから……。 品や所作、見た目だとかいうものは、今まで考えていたよりも重要なものなのかもと思わずにはいられない。 「夢……」 雪光の発した単語を繰り返す。 「車に引きずられる夢だ。自分が体験したわけでもないのに、フラッシュバックが幾度も……。まず、暗い道を歩いている。背後から、ライトで照らされる。車に服を引っかけられ、ブレーキを踏むこともされずに、そのまま……」 「っ……ばか!説明なんかしなくていいよ!」 真っ青な、唇を震わせる顔を抱き寄せた。 その胸から、強く激しい鼓動が響いてきた。 「ずっと、夜は怖くて眠れなかった……」 「うん……」 「だが、初めて君を抱いて寝た夜、私はあれ以来初めて、安心して眠ることが出来たのだ」 ……僕が酔って寝てしまった日のこと、か。 その言葉回しにはすごく、すごく異議を唱えたかったりするのだけれど……。 「…そうか……」 抱きしめたまま、小さく頷く。 不規則だった荒い息が、やがて安定した深いものに変わっていった。 漸く落ち着いた雪光のその髪に、頬をすり寄せる。 「雪光。……好きだよ」 「同情ならば……」 直ぐに、否定に入る。 いつもは腹が立つぐらい自信満々なくせに。 こういう時くらい、素直に甘えればいいのに。 「同情じゃないよ。過去の恋が終わって、隣を見たら、……おまえがそこにいたんじゃないか」 その瞳を見つめると、揺れ動いて眉根を寄せる。 「……そんなことで…」 そんなことって…。 失礼だな。僕はちゃんと、自分の気持ちを受け止めたって言うのに。 「おまえは僕のことが好きなんじゃなかったのか?」 「だって、君は更科春子が……」 「春子さんに対する想いは、憧れ。あの人と僕じゃあ、住む世界が違うよ。僕なんかじゃ、おまえとも違うんだろうって、分かってる……けど」 「僕はおまえと、同じ世界に居たいって……そう思うんだ」 「僕は、おまえが好きだよ。雪光」 「私、は───」 返事を聞くことは出来なかった。 雪光が言葉ではなく、行動で思いの丈をぶつけてきたから。 僕は前とは違う想いで、それを静かな気持ちで受け止めた。

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