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19. 腑抜けた顔1

部屋の露天で朝風呂を決め込んでいると、ガラガラと引き戸が開かれる音がした。 雪光は前を隠そうともせずに、堂々とした態度でこちらに乗り込んでくる。 あんなのが、自分の中に…… 平常時に見ると、ちょっと怖い。 いや、そりゃあ自分にも同じようなものが付いてはいるんだけど。 なんか、同じじゃないって言うか、格が違うって言うか……。 「…タオルで隠して来いよ」 それだけ言うのが精一杯で、そっと反対側の山の景色に目をやった。 朝食も部屋で頂いて、女将さん、仲居さんたちに見送られながら宿を出た。 「葵君達に会わなかったね」 旅館の入り口を振り返ると、キャリーバッグを引きながら雪光が笑う。 「別に、彼女たちと言えば良いものを」 何を、密かに焼いてるんだよ。 おまえなんか、僕に元恋人のお墓まで見せたくせに。 しかも僕とは違って、明確に別れたわけでもない。 突然の死によって無理やり裂かれた───別たれただけだ。 「温泉気持ちよかったし、お料理も美味しかったし」 「これからは、家でも一緒に風呂に入れるし?」 「入んねーよ、ばーか」 「それでは何のために露天風呂付きの部屋に泊まったのか分からない」 「ゆっくり気兼ねなく疲れを癒すためだろ」 「君は最近、疲れるほど働いていないじゃないか」 「誰の所為だよ。帰ったらもう普通に生活するからな」 帰ったら、花壇にお水をやって、駐車場の掃除をして、買い物に行って、料理して、菜の花園にも行きたい。 また高虎に筋トレ習いたい。 猫にもちゃんと僕が餌をあげて、お客様へのお茶出しと、…そうそう、おやつも作らなきゃ。 僕の日常は、そうやって成り立っていた筈なんだ。

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