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22. よかったな1

一条ビルの駐車場に車が止まり、雪光がエンジンを切るのを待ってシートベルトを外した。 ドアを開いて腰を上げようとして、 「───いつっ!?」 突然の痛みに、顔をしかめた。 「どうした、風吹?」 同じくドアを開こうとしていた雪光が、その手を止めてこちらを振り返る。 この痛みには、覚えがある。 もう何回もしてるし、慣れたかな、なんて思ってたけど…。 一度サービスエリアに寄って以来、車内に座りっぱなしだった所為だろうか。 ………お尻が痛い……。 腰やら、股関節やら…… 「……雪光、抱っこして」 恥を忍んでお願いする。 少なくとも、立ち上がるだけでも手伝ってもらわないと、ここから動けない気がする。 雪光は何故か、嬉しそうに目を細めた。 「珍しいな。素面(しらふ)の君がそんなことを言ってくるとは」 改めてそんな風に言われると、更なる羞恥が襲ってくる。 「……甘えてるつもりなんだけど…、ダメだったか?」 スーツの裾を引っ張って、そっと上目で盗み見ると、 「いや。私も今ちょうど、君を甘やかしたいと思っていたところだ」 見たこともない甘い目をした探偵が、その身を被せてきた。 起こしてくれる───つもりなんてないんだろう。 支える掌は頭の後ろで、寄せる顔に怒った僕を、低い声で笑って交わす。 本当は、家のすぐ下の、誰に見られるか分からないような場所で、こんなこと……許したくない筈なのに…。 「雪光、……帰ろう?」 見つめてくる瞳が優しいとか、抱きしめてくるその体からいい匂いがするからとか、そんな有りがちな理由で…… 「風吹…」 ……もう、しょうがないな…。 僕は結局、この男に弱いんだ。 瞼を下ろすと、温かな弾力が唇に押し当てられた。 耳に掛かった髪を指で梳かれて、くすぐったさに睫毛がふるりと震えた。 少しだけ隙間を開けた唇が、小さく笑う。その低い声に背中がゾクリとして、思わず腕にしがみついた。 横の髪をくるくると巻き取っていた指先が、頭に触れる。 前髪が掻き上げられると、今度はおでこにキスされる。 「雪光……」 額から顔が離れて見上げれば、雪光はまた目を細めて、少しだけ顔を赤く染めた。 「まったく、君という人は……。…煽るのが上手くて困る」 「え……?」 「天然なのだから、質が悪い」 そう呟いたかと思うと、今度は喰い付くようなキスをかまされる。 後頭部に回された手に頭を押さえつけられ、もう片方の手で背中から腰へと撫で下ろされて、荒くなる息を開放する隙もなくて…… 「…んっ……んんぅ…っ」 酸欠で、頭がぼーっとしてくる。 口内を撫でまわす舌が、くすぐったくて気持ちいい。 絡みつかれて、絡み返して、与えられる熱に必死に応えていると……。 ───不意に、雪光が体を離した。 瞼を開けて見上げると、酷く不機嫌そうな顔。 …僕、何かした……? 掴んだ腕を引くと、気付いた雪光は、視線を合わせて頭を撫でてくる。 そこで僕は漸く、カツンカツン、と小さく聞こえる音に気付いた。 運転席の方からだ。 目を上げると、まず窓ガラスをノックする拳が見えた。 それから、悪戯な笑顔で手を振る、黒羽の姿。 「───っ!?」 見られてた!?見られてた───!! いつから!? ……いや、今だって相当マズイ!!

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