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23.よかったな2
「取り敢えず離れろ!」
胸を力いっぱい押して突き飛ばすと、雪光は不機嫌な声を漏らした。
「怒んな!後で嫌って程くっついてやるからっ」
「……分かった。ここは君に従おう」
はぁ、と短く溜息を付いて、雪光が車を降りていく。
「や、センセー。……って、そんな睨まないでよ。どっちにしろここじゃアレ以上はマズいでしょ」
黒羽の陽気な声が聞こえる。
……一理ある…。
仕方ない。腰は痛むけど、自分で立ち上がるか。
今更かもしれないが、黒羽の前でもう一度、「抱っこで連れてって」と言うのも気まずい。
ドアに手を掛けて立ち上がろうとして、やっぱり訪れた腰の重さに顔を顰めていると、
「風吹」
手を離すように促され、代わりに雪光がドアを開いてくれた。
今日の探偵は、すこぶる甘くて優しい。
「痛くはないか?」
寄せられて、抱き上げられる。
「…大丈夫。歩けるから、雪光」
連れて行ってくれるのはありがたいけれど、黒羽の目がどうにも気になる。
なんだか、ずっとニヤニヤ笑ってるし。
僕の戸惑いを悟ったのだろう。
「この男の事はいないものと思って構わない。落ちないよう首に掴まってい給え」
雪光はそう言うと、僕の体を抱き直した。
……しょうがない、か。
このまま運んでもらおう。
1階のカフェの店長さんたちに見られないよう祈りながら、雪光の首に腕を回す。
鍵を受け取った黒羽が、下の扉を開けてくれた。
階段を上る。重みにブレることなく、しっかりとした足取りで。
格好いい…よなぁ。
真っ直ぐに前を向くその顔を、こっそり見つめてみる。
下の段から、小さな笑い声が聞こえた。
……そうだ。黒羽が居たんだった…。
見られて…は、いないよな。
今きっと、すっごく変な顔してた、多分。ポッと頬なんか染めちゃってさ、乙女かってーの。
覗かれても目が合わないよう、雪光の肩に顔を埋める。
「てーかさ、センセー」
なんだよ、なに言うつもりだ、この男は。やっぱり見られてた!?
「なんだ?」
低い声が、触れる部分から振動して響いてくる。
「お尻の穴ってのは、腸でしょ?そもそも受け入れるようには出来てないんだからさ、もっと気遣ってあげないと」
………いや、黒羽お前何を言い出した…。
「……そう…だな…」
雪光も深刻そうな声を出して同意してる。
「…平気だって言ってるだろ」
くぐもった声は、意図せずに発していた。
雪光が、階段を上る足を止める。
「…だから、無理だと思ったらちゃんと言うし、キツかったらぶん殴ってやるから、…別にいいよ。僕だって、…その……お前と…したい、し」
普段だったら言えないような恥ずかしい言葉は、顔が見えていない今だから言えるのか、雪光を庇おうとして出てしまったのか。
「それに、僕の身体が辛くなったら、こうしてお前が助けてくれるんだろ?」
「………」
答えが返ってこない。
シャツの布地に吸い込まれて、僕の声は届かなかったのだろうか。
だけど、顔を上げようとすると、掌で頭をぐっと押さえ付けられた。
大きく息を吐いた気配がして、雪光は再び足を動かし始める。
聞こえなかった?
それとも僕は、雪光を傷付けるような酷い事でも言ってしまっただろうか…?
不安の中、その首にキュッとしがみつく。
「……よかったな、雪」
呟くような声に、今度こそ顔を上げる。
黒羽は何もなかった顔をして、ん?、と首を傾げて笑った。
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