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31. お風呂
ちゃぷん───
静かなバスルームに、お湯が跳ねる音が響く。
一応、待っててやってるんだが……
自分から話す気がないのか、僕には関係ないことと思っているのか。
膝に僕を抱っこしたまま、黙ってお湯に浸かってる。
僕だってなにも無理矢理聞き出したいわけじゃないけれど…、少しは、いや、かなり気になっているんだぞ。
雪光がきちんと友達と仲直りできたのか。
「…なあ、雪光」
身体をずらして振り向くと、雪光は何を勘違いしたのか顔をほころばせて期待をあらわにした目を向けてくる。
「もう腰は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねーよ…」
なんだこいつは、そんなことばっかり……馬鹿なのか?
「それより、…透也君とは仲直りできたのか?」
○○君とは上手くいってるのかい?って娘に訊く父親みたいになっちゃったな…。
雪光が娘じゃあ、大分ミスキャストだけれど。
「ああ、忘れていた」
「っ!?…忘れていたって、おまえなぁ!」
お父さんビックリだよ!
驚いてずり落ちると、笑いながら脇に手を挿し入れお湯に潜らないよう支えられた。
「君が一緒に入ろうなどと誘ってくるものだから」
「だからって。……結構気になってるんだからな」
「……そうか」
見上げると、雪光は何故か含み笑いをしていた。
可笑しなやつだと見つめていると、「気にされることも良いものなのだな」と呟く。
こいつの一挙手一投足ならば、学生時代にも気にする異性は多かったろうに。
……いや、そう言うことではないか。
好きな相手から気に掛けてもらうことが嬉しいんだ。
僕も、過保護なほどに護られていた、少し鬱陶しいとさえ思っていたあの日々が、今はとても愛おしく感じる。
「君も今度、透也に会ってくれないか?」
背中から腰を抱き寄せられたかと思えば、雪光は耳元で甘えるように言葉を紡ぐ。
「うん。…僕でいいのなら」
「君でなくては意味がない」
「……うん。行くよ」
仲直り、ちゃんと出来たんだな。
偉いぞ、雪光。
肩に乗せられた頭を、褒めるように撫でてやる。
フッ…と、笑うように息が漏れて、肩にかかった。
なんだか…こうして頭を撫でていると、気持ちいい。
撫でている方なのに、変…だな。
大型犬を可愛がっている感じ?
ブラックのアフガン・ハウンドのような、高貴な犬。
僕には似つかわしくない、だけど手放したくない、愛しい犬。
犬だなんて思っているって知られたら、怒られるかな?
ふふっと笑みを零すと、雪光が不思議そうに顔を上げた。
「なんでもないよ」
そうするとまた顔を下げるから、嬉しくなって髪を梳く。
あぁ……、去年の10月、ここに来た頃にはまさか、恐ろしい兇悪な形相のこの男が、あの俺様我儘探偵が、こんなに甘えてくることになろうだなんて夢にも思わなかったな。
辛い過去を抱えて生きていた淋しい男だなんて、まったく考えもしなかった。
ただの怖い年下の店子だったのに、こんなに可愛く思える日が来るだなんて、な……。
これで、突然我儘を言い出したり、いきなり訳の分からない行動に出ることが減ったなら喜ばしい限りなんだけどな。
「ああ、そうだ、風吹。ディナーを済ませたら更科邸へ行くのでそのつもりで」
「って言ってるそばからこれかよっ!!」
「何を叫んでいるのだ、君は」
「叫びたくもなるよ……」
どっと疲れを感じて、脱力。雪光の胸に背中を預けた。
雪光は小さく笑って、僕の頭に頬を摺り寄せた。
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