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33. 更科邸2

更科邸へ着くと、まず応接室の前室、と言う部屋に通された。 あの、ガラス張りのテラスでなかったことに、少しだけホッとする。 綺麗な部屋だったけれど、あそこにはちょっと…痛い思い出がある。 あの時の桜はもう、すっかり散り落ちているのだろうけれど。 それにしても、此処になんの用なのだろう。いや、此処にと言うよりも、誰に? 僕たちは当然のこと、春子さんまでも客扱いだ。 高虎は春子さんの座る脇に立ち控えている。 やがて、若い男が現れて続きの間に案内された。 春子さんは彼の姿に、 「ご無沙汰しております、お兄様」 と、お辞儀した。 お辞儀と言うよりも、敬礼と称される深さの礼だ。 まるで、他人のようだな…とその姿を見つめ、僕も同じように頭を下げた。 高虎はそれよりも深く、最敬礼を取った。 雪光は軽く、組んでいた手を上げる。 「もてなしは結構。話が終わればすぐに引き上げることとしよう」 誠一氏の頬がヒクリと引き攣るのが見えた。 確か彼は僕と同い年だから、雪光よりも3つは年上だ。 客とは言え、妹と同い年の年下の男にこの様な態度で接せられ、大会社の御曹司が良い気はしないだろう。 いや、雪光のことは年下に見えていないかもしれないが。 「現当主の重行氏は?」 雪光が姿の見えない主人を訊ねると、誠一氏は首を振り、鼻を鳴らした。 「父は忙しい身ですので、私が代わりにお相手しましょう」 財閥当主がこんな若造にわざわざ会いに来るものか、と言うことだろうか。 しかし、雪光はそんな言葉に納得する質でもない。 「君は元々此処に呼んでいた人間だ。代わりになる訳もない」 言葉とは裏腹に、手の甲であっちへ行けと追い出すような仕草をする。 「重行氏が来たくないと駄々を捏ねるなら仕方がない。妹の桜子嬢でも呼んでき給え。君の母親でも構わない」 酷く気分を害された顔をして誠一氏が出ていくのを見送って、僕はソファーに腰を下ろした。 「なにしてんだよおまえはー…」 見てるだけで疲れた。 漂う空気はピリピリしていて、けれどそうさせている本人は至って普段と変わらない。偉そうにソファーにふんぞり返ると腕を組む。 「ああ、面倒だ。一度で済ませれば良いものを」 春子さんがフッと息を吐き出した。 高虎も口元に手袋に覆われた手を持って行く。 「自分がされることには辟易していましたが…」 人がされているのを見るのは面白い、と言いたいのだろうか。 …まったく。高虎ってば、意外と意地悪なんだ。 まあ、知らない人を勝手に判断したら失礼なんだけれど、ぱっと見 優しげな人と言う感じはしないし、…高虎も恨みつらみ、鬱憤が溜まっていたのかも、なんて擁護してみる。 やがて、5分程して漸く、誠一氏が桜子を連れて戻ってきた。 雪光は体を起こして足を組むと、「まあ座り給え」等とどちらが家の主なのか、2人に着席を勧めた。 「あら春子お姉さま。どういった風の吹き回しですの?」 と会って早々嫌味をかまそうとしていた桜子はまず僕の顔を見て鼻を鳴らし──まあ、僕は平凡だから覚えていなくても仕方無い──、そして雪光を見て、 「───っ!?」 酷く狼狽した様子で、顔を青く染めた。 もう一度僕を見て、ハッと口元を押さえる。 どうやら、思い出したようだ。 「なんなの!?どうして私まで…」 口の中で何かぶつぶつと唱えている。 「一体何の用だ。一体お前は何者なんだ?話があるなら早く済ませてくれ」 誠一氏に続き桜子がソファーに腰を下ろすと、雪光はフッと口を意地悪く弓形にもたげた。 「一体何者…?貴方方こそ、一体何者なのでしょうね?」 雪光の───青山探偵の『情報の開示』がはじまる───

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