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34.更科家の過去1

「時は29年前に遡る。この更科家に、1人の男児が産まれました。更科家の一人娘であった、更科百合子さんの子です」 誠一氏のことだ。 「さて、当時の更科家の主要人物は、5人。 貴方方の祖父であり先代当主の盛長(もりなが)氏、祖母の(すみれ)夫人、曾祖母の芙由子(ふゆこ)夫人、そして現当主の重行(しげゆき)氏に前妻の百合子(ゆりこ)夫人」 更科家は女系の家系だから、直接血を受け継いでいるのは春子さんのお母さんの百合子さん、お祖母さんの菫さん、曾お祖母さんの芙由子さん、と言うことになる。 「問題は、更科家が女系の一族であることから生じたのです」 頭の中を読んだわけでもあるまいに、正解とでも言うように、雪光は指折り数えていた僕の頭をするりと撫でた。 「女性しか産まれない筈の家に、男児が産まれてしまった。 当時、祖父の盛長氏は目出度いことだと、後継ぎに困らないと男児の誕生を喜びました。 しかしその義母である芙由子夫人はそうではなかった。産まれる筈のない男児に、なんと不吉なことかと畏れたのです」 まるで当時を振り返るかのような口調……いや、そんな訳もない。いつもの情報だ。 集めた情報を、探偵はまるで自分が体験したことかのように語る。 「そして、百合子夫人から男児を取り上げてしまった」 「ええ、そうでしょう」 黙って話を聞いていた誠一氏が、フッと笑って肩をすくめた。 「そして私は当時第二夫人であった今の母、美櫻のもとへ預けられたのです」 そして、美櫻の元で彼女の子として育てられ、芙由子夫人の逝去と引き換えに屋敷へ戻ったのだと誠一氏は語る。 「そうお思いですか。お可哀想に」 雪光が人の悪い笑みを浮かべ、喉を鳴らした。 「芙由子夫人は、男児を始末するよう、とある使用人の男に命じました」 「始末って……殺せって言うこと?」 信じられずに見上げると、雪光は一瞬探偵の仮面を外して、「君が心配することは無い」と笑みを落とした。 「男は、その可哀想な男児を受け取りそして、男児の祖母である菫夫人の元へ向かいました。 菫夫人は、芙由子夫人とは異なる考えを持っていました。子供に罪はない。殺す必要など何処にあろうか。男児は不吉などと、…そのような考え方自体が、もう彼女の年代には廃れていたのです。 そして、子供を逃がした」 逃がした───とは言え、赤ん坊一人ではどうにも出来ないだろう。 何処か預かってもらえるところでもあれば別だろうが、天下の更科家の影の当主に睨まれてまで、不吉だと忌み嫌われる乳飲み子を育てようという変わり者がいるだろうか。 「更科春子さん。貴女が代表を務める慈善事業団体───いいえ、菜の花園。あの施設の創立は何年前でしょうか?」 探偵は、僕の隣に並び座る春子さんに視線を向けた。 「菜の花園でしたら、今年で丁度創立30年になりました」 「では、創立2年目ですね。29年前、菜の花園に一人の赤子が連れ込まれた。中川 恭敬(なかがわ やすたか)と言う名の男の手によって。 執事殿、その男性の名に聞き覚えは?」 「私の───私を引き取ってくれた、養父です」 「結構。中川恭敬氏は更科家の筆頭執事です。妻もおらず当然子供も居ない彼には、更科家の次代に仕える為の跡取りが必要だった」 「ええ。その為に私は中川の養子に入り、幼い頃より執事としての教育を受けてきたのです」 そうか……。 高虎も、菜の花園(あそこ)で育った子供だったんだ。 本当の親を知らない、でも決して不幸じゃない、優しい子供たち。 それもあって、だから高虎は、あの子たちにあんなに優しく接してるんだね。

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