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37.壊れる
「───は…、ははっ、あはははっ」
引き攣る様な笑い声が響き、僕らは皆、其方に目をやった。
桜子が、血走った目を大きく開き、笑っていた。
「じゃあ何?今まで偉そうにしてた誠一は、更科家とはなんの繋がりもない、ただの馬の骨だったって言うことなの!?」
「ええ。少なくとも、高虎氏、春子嬢が戻れば、全くの他人であるお2人の居場所は、此処には存在しないでしょう。
後継ぎとは血の繋がりもない、社会的地位も消えた重行氏はもう、更科家を乗っ取っていた不逞の輩でしかない。
悪いウイルスは消去されるべきものだ」
「半分しか血の繋がりがないからってこの男に抱き散らかされて、自分の元にいれば何があっても安泰だって……それがなによ!?この様は!!
100%兄妹で、此処には居場所が無いですって……!?」
だきちらかされ……?
意味を理解しかねて視線を上げると、
「君は深く考えなくていい」
探偵に頭をポンと撫でられた。
その声と、手のぬくもりとが優しくて、桜子に向けられた視線とのギャップに、こんな時なのに動揺してしまう。
熱を持った頬。
誰も気にしてないよな…?なんて視線を泳がせて、
「───っ!?」
───体が勝手に反応した。
僕が春子さんの前に走り出すと同時に、更科誠一が一歩を踏み出した。
まるで、スローモーション。
僕はやけにゆっくりとした動きで、春子さんの前に立ちはだかった。
誠一氏が手を振りかざす。
桜子が笑いながら崩れ落ちる。
その姿が、影に隠れて─────
「風吹様っ……!!」
「風吹っ!!」
「───はっ!」
シュッ
ドスッ!
カラーン…カランカラン…………
銀色に鈍く光る刃が床を滑り
腕があらぬ方向に曲がったその男は
「うわぁあぁっ」
床に転がり
「風吹、怪我はないだろうね」
デカい男に正面から抱きしめられて、視界を遮られて、音を聞くことしかできない。
意味を成さない奇声をあげる誠一氏と、狂ったように笑う桜子。
人が壊れるってのは、こういう事なのか。
ドアがバン───と開き、誰かが駆け込んできた。
「午後8時23分。更科誠一、傷害未遂で逮捕します」
この声………葵君?
「ですが、これは過剰防衛では?」
「まさか。相手は刃物を持って襲い掛かって来たのだよ。私はそれに、脚一本で防衛したまでのこと。風吹が狙われたものだから、少し力が籠り過ぎてしまったが」
「ならば已むを得ません。風吹さんにお怪我は?」
「ある訳がないだろう?
それから名波警視、こちらの妹嬢も乗せて差し上げるといい。話を聞ける状態ではないかもしれないが」
「……分かりました。そのように」
探偵と2人やり取りの後、ご協力感謝しますと敬礼の気配。葵君は数人の警察関係者と共に誠一、桜子兄妹を連れ、部屋を後にした。
後に残された僕たちは──探偵以外──一様に血の気の引いた顔をして、暫く声も出せずに立ち尽くしていた。
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