199 / 211

38.更科家の歴史1

「探偵殿、何故このような事を?」 沈黙を破って、高虎が声を発した。 雪光は、「ああ、喉が渇いた」等と言いつつソファーへふんぞり返って、僕たちにも座るようにと促す。 「春子さんたちを在るべき場所へ帰してくれようとしたんだよな」 手を引かれて隣に座ると、雪光は、真逆(まさか)…と僕の言葉を鼻で笑った。 そして、訊ねた高虎や僕ではなく、顔を蒼白にした春子さんに視線を向けた。 「更科春子さん、例えばお祖母様から、更科家の歴史について、何か聞かされてはいませんか?」 春子さんは、探偵の言葉にすぐに何か思い当ったようで、小さく「はい」と頷いた。 「それが理由ですよ」 それだけ言うと、話は終わったとでも言うように、雪光は僕の背中に手を回して起立を促しながら立ち上がる。 ──まったく。こいつは…… 面倒臭がりもここまで来ると、罪悪だな。 凡てを分かっているのは雪光だけで、もしかしたら春子さんすら、その理由が理解できていないかもしれない。 「雪光、まだ僕は帰らないぞ」 ソファーへ座りなおすと、何を我儘な、と呆れたように見下ろされた。 だから僕は探偵を見上げて、いつもこいつがやっているようにソファーに背を預けてふんぞり返って座る。 「僕にも分かるように説明しろ」 「君に?分かるように?」 春子さんに言った言葉については何も分からないけれど、その表情の意味はよーっく分かるぞ。 話したところで君に理解が出来るのか? そんな風に思って、馬鹿にしてるんだろう。 「雪光。説明しないと、一週間おやつ抜き」 「……分かったよ」 観念したように息を吐きだし、雪光は僕の隣に腰を下ろした。 雪光に言うことを聞かせるには、何よりこの言葉が効果的だ。 「昭和22年5月3日、日本国憲法の施行と共に、華族制度が廃止された」 探偵がまた、遠回しに話を始めた。 華族って、昔の日本の貴族、みたいなものだよな…確か。 余り記憶のない歴史の授業を思い出そうとしていると、 「明治2年6月17日、従来の身分制度である公卿・諸侯の称を廃し、これらの家は華族となることが定められた」 静かに淡々と、近代の歴史講座が始まった。

ともだちにシェアしよう!