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40.最終話-1-
翌々日、ある新聞社が更科家のスクープを上げた。
黒羽が土産として持参した紙面には、更科家で雪光が話した事実が寸分違わず文字にされていた。
しかも、スクープに重きを置くタブロイド紙では無く、お堅くて有名な経済新聞。
時を置かずその日の午後一で、高虎と春子さんとは弁護士を携え、揃って記者会見を開いた。
雪光が証明の為に取ってきた、DNA鑑定書を持って。
若くして病を患い亡くなられた故・更科百合子と専属執事であった中川恭敬との悲恋は、平成の主従純愛として持ち上げられ、2人を──そしてその子らを責める者は少なかった。
そうであれば当然、糾弾の先は更科重行へ向かう。
前の事件のこともまた引っ張りだされ、とうとう重行は更科を名乗ることすら許されずこの地を去ることになる。
この件には青山家当主──雪光の父親──が深く関わっていたらしい。
だけど、紛い物の居なくなった更科邸に、更科の血を引く本物の2人が戻ることはなかった。
───あの家は、私たち兄妹2人には大き過ぎます。
春子さんは真っ直ぐ前を見据えると、全てを吹っ切った晴れやかな笑みを浮かべ、そう言った。
今後、更科製薬は更科家とは名称、株式のみの関係、春子さんは今まで通り、祖母、菫夫人の遺したボランティア団体を引き継いで行くという。
更科邸は売りに出され、使用人はそれぞれ新たな職場を紹介され送り出された。
今、春子さんと高虎は一軒家を購入し、兄妹仲良く暮らしている。
それからもう一人、2人の父親である、中川恭敬氏も。
3人で、家族水入らずで仲良く………
「聞いて頂けますか、風吹様!ですから、私も車の免許を取得すると申したのです」
「春子様が運転など、どう贔屓目に考えても社会の害にしか成り得ません。どうか早々にお諦め下さい」
「中川はずっとこの調子なのです。風吹様からもなんとか言ってやってくださいませんか」
「高虎、お嬢様に何と言う口の聞き方を!どうかお嬢様、この無礼者に厳重な罰をお与え下さい」
「………」
家族じゃねえぇ!!
どうやら3人の間には、未だお嬢様と使用人1、その息子の使用人2の設定が続いてしまっているらしい。
これは、下から…は無理だろうな。
上から──春子さんから折れないと、正しい家族関係を築けそうにない。
まだ憤慨してる様子の春子さんに、なるべく気分を和らげるような笑みを送る。
文字にすると、へにゃん、って感じの。
…いや、正直29にもなって恥ずかしいけどさ!
詩子ちゃん達と一緒に、いつも僕のことを「お可愛らしい」と言ってくれるから、有効かな、って。
「まあ、風吹様…!お可愛らしい」
あ、ほら、引っ掛かった。
だけど、隣の探偵が不機嫌に、僕の座るソファーの足元を嫌味な程に長いその脚で蹴っ飛ばしてくる。
雪光め、お行儀悪いぞ。
「春子さん」
「はい、風吹様」
表情を柔らかくして微笑む春子さんは、名前通り、春の陽だまりのよう。
その優しい微笑を、高虎と恭敬さんにも向けてあげて欲しいと思う。
他人の僕が、お節介かもしれないけれど。
「もう、お父さん、お兄さん、って呼びましたか?」
「………」
訊ねれば、うっと言葉に詰まって黙り込む。
なかなかに難しいことだと思う。
ずっと、主従として接してきたのだから。
血の繋がりがあるなんて、露ほども思っていなかったのだから。
でも、
「恭敬さんはずっと、春子さんと高虎の事を我が子だって、分かっていたんでしょう?」
恭敬さんの顔を仰いで訊ねると、神妙な顔をして静かに頷く。
「頭では理解しておりましたが、春子様はお邸のお嬢さ───」
「───春子さんをっ!」
恭敬さんの言葉を遮るように、慌てて言葉を挿んだ。
「春子さんを否定しないで下さい!お父さんに娘じゃないなんて言われたら、春子さんだって認められなくなってしまいます!」
「………そう…で御座いますね」
恭敬さんはそう呟くと、静かに首を垂れた。
俯き、思うのは、愛した人への郷愁か、目の前の我が子たちか。
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