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41.最終話-2-
不意に、隣に座る雪光が、足を組み直した。
本当にこいつは……
何処に行っても偉そうで、こっちの気が休まらない。
暴れていないでちゃんと座ってなさい、との気持ちをこめて太ももを軽く叩いてやると、
「まったく、君は……」
ふぅ───と、大きく溜息を吐き出された。
……いや、その言葉、僕が言われる方なのか?
眉根を寄せて見上げると、
「風吹は本当に、お節介で敵わない」
慈しまれているような眼差しを向けられ、髪を撫でられる。
「…悪かったな、お節介で」
手を払いのけて、僕も負けじと溜息を洩らした。
「では、面倒だがこうしよう」
出た。また雪光の「面倒」発言。
雪光は脚に加え腕も胸の前で組むと3人の顔をぐるっと見回す。
ホストの席に春子さん、その両脇、背後に控えるように立つ2人。
とてもじゃないけれど同等の家族には見えないその父兄妹 に、雪光は良く通るバリトンの魅惑的な声で、
「貴方方 は、私に感謝をしていますか?」
そう訊ねた。
なにを当たり前のことを訊かせているんだ、とでも言いたげな横柄で不遜な態度。
ほんっとにこいつは───何を言い出すんだか!!
「ゆきみ───っ」
「感謝しております」
文句を言ってやろうと開いた口が、春子さんの言葉によって力を失った。
「父からは愛されない、母からは私の存在など知らぬかのような扱いを受け、妹には程遠く劣り、兄には嫌悪感すら覚える。
その様な生活の中、心を許すことのできた数少ない人間の一人である由美さんには命を狙われ、唯一傍に居てくれる中川にもいつ愛想を尽かされるかと、気に病む日々が続いておりました」
「…春子…さん……」
「ですが、父は本当の父ではなかった。母は心身共に患っていた。妹、兄とは他人だった。そして、本当の父は幼き頃から面倒を見てくれた、いけないことをした時には叱ってくれた優しい執事長で、本当の兄は、何処へ行くにもついてくる、私に包丁も握らせない、少し過保護な専属執事でした」
高虎が息を飲む。
恭敬さんは目元に手をやり、僕の目からは、その瞳に涙を堪えているように見えた。
「真実を伝えてくださった探偵様に、感謝をしております」
「ならば」
雪光は、彼女の言葉を鼻で笑った。
……ううん、言い方が悪いな。
鼻から息は出したのだけれど、正しくは、少し呆れたように、少し安心したように、この男にしては珍しく、……微笑んだんだ。
けれどその優しい表情も一瞬で身を潜め、雪光はやにわに立ち上がると、僕にも腰を上げるよう促した。
「私たちはこれで失礼する。本当に私に感謝していると言うのならば、直ちに家族ごっこを開始し風吹を安心させるのだな。それが、今回の依頼の報酬だ」
「ふっ、…雪光。お前、依頼なんて誰にもされてないじゃないか」
至極偉そうなこの男に意見できるのはこの場では僕だけで、苦笑しながら背中を軽く叩いてやれば奴は小さく不満そうな声を漏らす。
まだ、難しいかもしれない。
ずっと、雇う側と雇われる側で培ってきた絆がある。
いきなり「親子だ」「兄妹だ」なんて言われても、すぐにそうはなれないかもしれない。
だけど、絆がずっと切れないならば、ゆっくりとやっていけばいい。
ゆっくり、家族になっていけばいいんだ。
2人になら───そして春子さんの信頼する優しくて厳しい執事長になら、きっと出来るよ。
「春子さん、また菜の花園にも誘ってくださいね」
「勿論です。子供たちも風吹様がいらっしゃることを心待ちにしております」
「嬉しいな」
「特に竜弥と結由花は毎回、風吹様がご一緒ではないのかと訊いてくるのです」
「竜弥と結由花かぁ…。潤也も、みんな、元気ですか?」
「ええ。とても元気で、先日など竜弥が…」
「──風吹、帰ると言っているのにいつまで待たせるつもりだ」
急に腕を強く引かれた。
「ふふっ、お待たせしてしまって申し訳御座いません」
春子さんが口元に手を添えて可笑しそうに笑う。
雪光は子供相手に嫉妬でもしているのか……。大人げない。
「それでは私は門の外までお2人をお送りに参りますが、ご一緒にお見送りに行かれませんか?お父様、お兄様」
ぅわっ───と、思わず声を上げていた。
2人を振り返っていた春子さんが、こちらに視線を戻して少し頬を赤くしてはにかむ。
「探偵様の手前あの様な言い方になりましたが、私個人と致しましてはすべては風吹様のお蔭だと思っているのです」
「そっ、そんなことは無い、と……ヒッ?!」
再び腕がぐいっと強く引かれ、見上げた先の不機嫌な顔に言葉途中だと言うのに僕は、あまりに恐ろしくてつい悲鳴を上げてしまっていた。
「嫉妬ですか?探偵様」
「嫉妬でしょうね、探偵殿」
僕はこの後の探偵の機嫌を思うと体の震えが止まらないと言うのに、所詮他人事、楽しそうにクスクス笑う春子さんと高虎。
この男の鬼の形相を見ても全く怖がらないとか、間違いない。
2人は似たもの兄妹だよ!
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