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2.令嬢連続殺人事件2

報道により、執行者Rの名は瞬く間に広がり、巷では模倣した予告状が出回ることとなる。 騒がしくなったのは世間だけではない。 八坂晋太郎、長司勇田が揃って警視庁、神奈川警察へ同じ執行者Rからの予告状を提出したのである。 八坂に至っては、警察が早く犯人を捕まえないから被害者が増えるのだと言う苦情付きである。 事は漸く、連続殺人事件として認知されたのだ。 今や本庁、所轄だけではない、あちらの所轄に、果ては神奈川県警までが係り合う事件へと発展した。 刑事たちがやけに拘るシマも何も有ったものではない。 名波が面白くない事件だと思っているのは、本庁と県警、本店と所轄の仲が芳しくないから──が理由ではない。 「葵ちゃん」 「は───」 思わず返事をし掛けて、名波はきゅっと口を結んだ。 隣を歩くベテラン刑事は苦笑いし、名波の肩をポンと叩く。 「名波管理官」 「はい」 今度こそ返事を返した名波と目が合うと、男は尚以て目尻を下がらせた。 年若き方、名波 葵はキャリア組──所謂エリート管理官である。 現公安部長の一人息子として鳴り物入りで入庁した。 最短の25歳で警視に昇進し、今や刑事部捜査一課の管理官と、エリートコースを驀進している。 そして年のいった方、呉島(くれしま) 正雄(まさお)。 所轄の刑事課勤務だが、この事件においての名波の相棒である。 元々はキャリア組であったが階級は名波よりも下、警部止まりのベテランだ。 本店、所轄、県警等と行き来している間に、現場にハマり抜け出せなくなったと言うのが彼の弁であるが、キャリア同士の出世争いに疲れてしまったのだろう、と呉島と同期の父が言っていた。 「白金と山手、どっちへ行く?」 「山手の長司へ。あちらの状況はまだ、書面と口頭の報告でしか把握できていませんから」 「はいよ」 名家、富豪、等と呼ばれる輩の相手をするのは面倒である。 捜査本部を指揮する管理官自らが被害者の元へご機嫌伺いに行くなど、前代未聞である。 地位が無い──低い──者の話は聞かない、年若い者には従わない。 だからと言って、機関の上の者が動くわけでもない。 だから、若いが地位はそこそこのエリートと、年だけは重ねているベテランが出向くこととなったのだが、そもそも彼らにとって国家権力とは金よりも力弱きものなのである。 こと静かに話が進むわけはないだろう。 しかし、何も管理官が使いっ走りにされている現状を面白くないと思っているわけでもない。 名波が腹を立てているのは、被害者遺族である父親たちにであった。 犯人はご丁寧に殺人予告状を彼らに送りつけてから犯行を行っているのである。 予告状が届いた時点で何故、警察に相談に来なかったのだろうか。 悪戯だと思ったのだろうか、家柄上そういった物に慣れているのだろうか、警察に言っても相手にされないと思われたのだろうか。 残念なことに、取り合わない警察関係者がいるのも確かだ。 しかし自分まで話が上がってきていたら、…いや、呉島のような刑事に話がいっていたら、3つの尊い命は失われずに済んだかもしれないのだ。 あの父親たちが、娘の為に少しだけでも動いてさえいれば、被害者も殺人者も生まれずに済んだかもしれないのだ。 建物を出て、駐車場へ入る。 名波が運転席へ入ろうとすると、呉島は肩をたたいてそれを止めた。 「今は俺のが部下だからね。名波管理官は助手席に座りな。本当は後部座席が正しいんだろうけどねぇ、それじゃ堅苦しいだろ」 「っ───すみません!先ほどは、近くに部下もいたので」 名波は瞬間顔を赤く染めると、がばりと大きく頭を下げた。 呉島の方はまったく気にしていない様子で、そのまま運転席へ乗り込んでいく。 名波は彼に従い足早に助手席に回りドアを開けた。 助手席に座り、シートベルトに手をかけたところで車が発進する。 名波は急いでストラップを引き、バックルをはめ込んだ。 「恥ずかしかったかい?」 「いえ、それよりも秩序が」 「秩序…ってぇのも大切だろうがねぇ、葵ちゃん。親しみを持たれるってことも大切だ。 幾ら仕事ができても、嫌われてちゃその仕事自体に支障がでらあ。 俺たち下っ端も、組織人である前に人間だからねぇ」 「はい。ご忠告痛み入ります」 「葵ちゃんの真面目すぎるとこ、俺は嫌いじゃないけどね」 港区から横浜に向けて走る車のサイドミラーに、整った男の顔が映った。 鏡の自分と目が合うと、名波はその眉間に縦に彫り込まれた皺を見つけ、指の先で消えないものかと擦ってみる。 呉島はそれを横目で見ると、気づかれないよう声を殺して少しだけ笑った。

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