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4.傲慢な探偵2

「今世間で騒がれている予告殺人犯、執行人Rをご存知でしょうか?」 本田の言葉に、探偵は戸惑いもせずに頷いた。 執行人R──その単語には、僕も聞き覚えがあった。 いや、一週間ほど前から聞かない日はない、と言った方が正しいか。 今朝もそのニュースをテレビで見てから、ここへ下りてきたのだ。 簡単に言えば、高所得者、しかも代々続く名家の令嬢を予告状を出した上で殺す、連続殺人事件。 我々とは関わり合うことのない世界の話、どこか遠くで起こっている、テレビの中のニュースだ。 被害者は、白金、山の手、南麻布…のご令嬢だったか。 そう遠くはないし良く聞く地名だが、普通に生きていれば、出向く用事も発生しないような高級住宅街に住む人々の話だ。 恐らく、そう思っているのは僕だけではあるまい。 父親がホテル王だ、裁判長だ、大きな病院の院長だと言われれば、それは普通の会社員や個人商店の経営者から見れば自分たちとは別の人種、余所の世界の話である。 そもそも、テレビの向こうの世界、と言う言葉を使うことでも分かるように、我々はテレビに映し出されたことを別世界の出来事として捉えるきらいがある。 電波に乗って流れてきた情報は映画やドラマとなんら変わりない、モニターを隔てた向こうの世界の情報なのだ。 「更科…春子さんでしょうか。桜子さんという娘さんもいらっしゃいますね。いや、やはり春子さん──お姉さんの方に予告状が?」 意表を突かれたのは、浮き世離れした事件を持ち込まれた方ではなく、持ち込んだ側の男だった。 「え、ええ。良くお分かりですね」 「探偵ですから」 さも当たり前の落ち着いた調子で、男は口角をもたげる。 動揺からかズレてもいない眼鏡を正し、 「貴方ならば信頼できそうだ。お話します」 本田は探偵に、───陥落した。 ーーーーーーーーーー 「今日は私、探偵様にお願いがございまして伺いました」 「それは、貴女を護らないで欲しい、と言うご依頼でしょうか?」 「え?」 思わず腰を浮かせた───つもりだった。 残念ながら探偵の脚の長さに合わせた椅子に深く座りすぎていた僕の足は床に届いておらず、背筋を伸ばしただけの小さな動きになってしまったが。 探偵が、相手の依頼を言い当てるカラクリは判っている。 播磨という人間の存在だ。 この青山探偵事務所に来る依頼人は、総て播磨からの紹介である。 飛び込みの客は受け付けていない。 だから電話番号の公表はしていないし、宣伝もしない。 看板に表記があるのは、紹介された依頼者に分かりやすくするためだ。 紹介なく訪れた者の依頼は、例外なく受けない。内容を聞くことすらしない。 それというのも、面倒だから、なのだそうだ。 話し下手な素人の話を聞き、依頼内容を読みとるのが面倒だと言うのだ。 人の話を聞けない探偵が、呆れてものも言えない。 先に播磨から依頼内容を聞き、知っている。 種明かしをすればそれだけのことだ。 ここに来た頃、駐車場脇の花壇の手入れで管理人室を数十分離れたことがあった。 世間一般の尺で考えれば、あり得ない話ではない。 当然あって然るべき行動だ。 しかしその間に、飛び込みの客が探偵事務所に入り、依頼をするためいつもの場所で寝ていた探偵を起こした。 これがいけなかった。 寝起きの探偵はすこぶる機嫌が悪い。 通常、依頼人が入室してからすぐに対応することができるのは、依頼人が来る時間を把握しその時刻に体内時計を合わせているからだ。 一度など、掃除中に誤って起こしてしまった時にはもう、この世のあらゆる罵詈雑言を口を挟む隙も与えられず叩き込まれて、いい年をして思わず泣いてしまった程だ。 いや、思い出したら今でも泣ける。 多分に漏れず、その時もそれが起きたのだろう。 駐車場に落ちてきた書類を届けに事務所へ上がると、マネージメントチェアにふんぞり返り寝息を立てる探偵の目の前で、パーマでくるくる大仏ヘアの熟年のご婦人が目に涙を溜め、真っ赤な顔をしてわなわなと震えていた。 今思えば、僕を呼び寄せるため態と駐車場目がけて物を落としてきたのだろう。 僕の姿を見止めると、彼女は関西弁で何事かをまくし立てるだけまくし立て、満足したのか部屋が跳ねるほど激しく扉を閉め帰って行った。 彼女が帰った後、僕はまだ命があることに感謝した。 そして辛くも生き延びた僕に、 「君は管理人なのだろう。何故管理室にいないのだ。職務怠慢もいいところだ。一体何を管理しているのか、きちんと仕事をしないのであれば君などこのビルに不必要なのではないか」 起きて目が合っての第一声が、息継ぎなしのこの長さだ。 「君はこれから昼間はここにいるようにし給え。なに、不要な君の面倒を私が見てやろうと言っているのだ。大いに感謝するがいい。9時から17時までが事務所の営業時間だ。播磨の紹介以外で来た者は客ではないから追い返すよう。それから、私は8時にモーニング、12時にランチ、19時からディナーを取るので、ランチはここに、他は自室へ運ぶように」 「───僕がか!?」 矢継ぎ早の言葉すべてに対し、漸くその言葉を切り返すと、 「ああ、それから、15時には甘い洋菓子と紅茶を用意し給え。寝起きには熱いコーヒーだ。以上」 男はまたチェアにふんぞり返って、寝た。 それ以来僕は、平日の昼間をこの部屋で過ごしている。 そんな馬鹿正直さが自分でも嫌になるが、一度でも約束を違えればいよいよどんな目に合わされるのか、想像することすら頭が拒絶するのだから仕方ない。

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