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5.ノブレス・オブリージュ1

「それは、貴女を護らないで欲しい、と言うご依頼でしょうか?」 春子は静かに頷いた。 「しかし、お父上からは既に依頼料を頂いております。こちらから契約破棄、となりますと、それ以上にお返ししなくては」 「こちらで足りますでしょうか?」 春子に差し出された一枚の紙、それを確認すると探偵は小さく頷き、ではそのように、と笑みを零した。 彼女から提示された小切手の金額に、納得いったのだろう。 「それでは、私はこれで失礼いたします」 「ああ、最後におひとつだけ」 肘をついた手を顔の前で組み合わせ、上目遣いで春子を見つめる。 彼女は出口手前で立ち止まり、振り返った。 「なんでしょうか?」 顔色も変えず、小首を傾げる。 珍しい反応だと思った。 認めたくはないが、この男は容姿がすこぶる整っている。 彫りが深くハッキリしているが、濃過ぎずしつこくない上品な顔立ち。 更には長身で、嫌味な程に四肢が長い。イタリア製スーツが似合う、程よく引き締まった身体に、頼りがいの有りそうな広い肩幅。 兎に角ひたすらに女性受けがいい。 探偵の見た目を批判する女性には、未だ出会ったことがない。 こんなにひん曲がった性格ですら、「もう、いじわる」の一言で済まされてしまうらしいのだ。 加えて、声も好いらしい。 耳元でオーダー囁かれて蕩けちゃうかと思った、等と1階のカフェのウエイトレス達が盛り上がっているのを見たことがある。 恐らく、通りすがりに「コーヒーを」と言っただけというオチなのだろうけれど。 だから、ここは頬を赤く染めたり、声が上擦ったり、呼び止められたことに目を潤ませたり、と言った反応が普通なのだろう。 「貴女を護らなくてもいい理由をお教え願えますか?」 探偵の問いに、彼女は表情を変えずに静かに答えた。 「私には必要ないと思うからです」 「なるほど。そうでしたか」 そして、入ってきた時と同じように深々と頭を下げ、今度こそ事務所を後にした。

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