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7.ノブレス・オブリージュ3
ボランティア団体の代表───だからあんなにも彼女は、清白で潔白なんだ。
飾り立てない美。自らは最低限の物しか欲さず、恵まれない人々に分け与える。
なんて清廉な魂なんだろう。
「一条君、君は車を保持しているかね?」
「え?車は無いけど、免許ならあるよ。何処か行きたいのか?」
「いや、結構」
探偵はコーヒーを飲み干すと、カップをこちらに押し出し脚を組んで深くソファーに座る。
「その服は、幾らで買った?」
「服?なんでだよ?」
今日着ているものは、原宿に行ったときに量販店で、…上が3千円、下が4千円くらいだったかな。
探偵の服は、…いつも良さそうなものを着ているな。お坊ちゃんめ。
「君は馬鹿だねぇ」
探偵の口元がフッと緩んだ。
「更科春子は君の手に負えるような女性じゃないよ。精神は欝悶していて、心の目も曇っているようだ。君では飲み込まれてしまう」
何故だかムッとした。
「それはお前に靡かなかったからか?そんな女性ならきっと他にもいる。彼女は清廉潔白だ」
「君の瞳は澄み渡ってはいるが、半端ない節穴だ」
「別に節穴でも構わないだろ。僕は探偵じゃないんだから」
「私は君が傷つく姿を見たくはないんだがね」
「僕は君が傷つく姿を一度でも見てみたいよ!」
言い捨てて、立ち上がった。
何処に行くのかと訊かれ答える。
「そろそろ15時、おやつの時間だろ」
探偵が嬉しそうに顔をほころばせた。
この性分が嫌になる。
テーブルにはコーヒーカップが2つ。
1つは探偵が飲み干して空、もう1つは、…口がつけてなかった。
勿体ないし悲しいけど、人に出したものを飲むわけにもいかずに、シンクに流し捨てた。
「今日は何だい?」
給湯室に付いてきた探偵が、冷蔵庫を開ける後ろから覗き込んでくる。
手伝いはしないくせに、時々こうして食事やおやつの用意をしている僕を、少し楽しそうに見ていることがある。
「プリンだよ」
「そうか。君の作るプリンは好きだ。洋菓子店の物より数段美味しい」
「ありがとーよ」
探偵は、見た目に反して甘いものが好きだ。
「紅茶も下のカフェより君の淹れる方が美味しい」
「それは、お前が紅茶注ぐタイミング逃して渋くなっちゃってるからだろうが」
今日はやたらと褒めてくるな。
「コーヒーはそうでもないけれどね」
で、そこでしっかり落としてくるわけか。
「マシーンで淹れてるんだからマシーンに言ってくれ」
「それから、これから客が来る。早く食べてしまおう。私の取り分が減るのは嫌だ」
取り分って、ガキか。
「依頼人か?」
「いや、プロだよ」
プロって、なんのプロだよ。
それにしても、この男が来客を予め僕に伝えるのは珍しいことだ。
いつもだったら、用があるからと、この後来客はあるのかと訊いても知らぬ存ぜぬと白を切って決して教えようとしない。
そして17時を過ぎてから漸く「今日はもう誰も来ないから早く帰り給え」と解放されるのだ。
そこからの『管理人就労』なのだから、忙しいことこの上ない。
夕飯の買い出しと19時からの探偵のディナーってやつを作ることを考えたら、1時間も掛けずに仕事を済まさなくてはいけない。
買い物には文句も言わずに付き合って荷物も持ってくれるから、それは助かっているんだが。
スプーンで掬ったプリンを一口、探偵は幸せそうに目を細める。
「ん~、これだよ」
まあ、この顔は、好きかもしれない。
「一条君は、いいお嫁さんになるね」
この手のギャグは好きではないが。
「君は食べないのか。なんなら私がもらってやるが」
「食べるよっ」
そうして僕はまた、この男に振り回されるのか。
───と、スプーンを置いて耳を澄ませた。
足音がドアの外で止まる。
ノックの音、お客さんだ。
「はい、どうぞ」
探偵が声を返す。慌てて紅茶とプリンを持って立ち上がった。
勿論お客さんに取られる等と思ったわけではない。
ソファーを開けなければと思ったのだ。
僕は探偵とは違う。
「お邪魔するよ、雪ちゃん」
お客さんは、二人の男だった。
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