9 / 211
8.2人のプロ1
2人の男にコーヒーを出し、いつも通り窓側に引っ込もうとすると、探偵に腕を引かれ隣に座るよう促された。
初めての体験である。
相手が依頼人ではないから、だろうか。よくわからない。
会釈をしてソファーにつく。何故か神妙な顔をしてしまう。
どこか飄々と映る年配の男性と、眉間に皺のいった綺麗な顔立ちの若い男。
まるで彫刻のように整った顔は、しかし同じように彫り込まれた容姿の男っぽい探偵とは違い、中性的な美麗さを醸し出している。
ふと、気づいて皺を伸ばすように眉間を撫で、改めて畏まった彼はよくよく見れば童顔で、少しの親近感を覚えた。
コーヒーカップをソーサーに戻すと、年配の男性は親しみやすい笑顔を探偵に向けた。
「いやぁ、雪ちゃん。可愛い奥さんをもらったねぇ」
「おくさっ…!?」
「嫌ですねぇ、呉島さん。奥さんじゃなくて奴隷ですよ、奴隷」
「どれっ!?…いじゃねぇよ…」
脱力して小さくなってしまった訂正は彼らには無視され、ただ一人若い綺麗な男だけが憐れみを込めた視線を向けてくる。
「あのっ、僕はここのオーナー兼管理人の、一条 風吹 と申します。奴隷じゃないです、奴隷じゃ」
「オーナー?ってことは、美人の初音さんは?」
「ばあちゃ…祖母は隠居して今は田舎の方に」
「そうかぁ、残念だなぁ」
呉島さんは眉尻を下げて頭を掻く。
けれど、きっとそれは社交辞令だ。
ばあちゃんとこの人では、多分20歳ほどの年の差がある。
「風吹ちゃんはいつからここに?」
「半年ほど前です」
「そうかぁ、俺が前回来たのがもう…ありゃ一年前か?」
「10ヶ月前ですよ。それより呉島さん、一条君を名前で呼ぶのはやめてくださいよ。私だって苗字でしか呼ばせてもらえないのに」
「ほ~、風吹ちゃんは身持ちが堅いんだねぇ」
なんの話だ。なんの話をしに集まったんだお前らは。
大体、名前で呼びたきゃ別にそう呼べばいいじゃないか。
他のことは散々好き勝手するくせに、名前だけは許可なく呼べないだなんて、そんな筈がないだろう。
探偵をじろりと睨み付ける。
当然まったく響かないようで、くすりと笑って肩を竦められた。
……いや、やっぱりこいつに名前で呼ばれるのは不本意だ。
「あの、呉島さん。風吹はいいんですけど、ちゃん付けはやめてもらっていいですか?僕もう1~2年もすれば大台に乗る歳なので」
「っ…一条さん、28歳なんですか?」
食いついたのは、意外や若い方の男だった。
「失礼、名乗り遅れてしまい申し訳ありません。名波 葵 と申します。階級は警視です」
「けいし…?」
「ああ、風吹ちゃん、俺は呉島 正雄 。警部だ」
聞き慣れている訳ではないが、分からないでもない“警部”という言葉。流石にすぐにピンときた。
この2人は、警察の人間だったのだ。
探偵がプロと言ったのは、そういう意味なのだろう。
交通課や少年課、交番の警察官たちとは異なる感じがする。
これが刑事さん、という雰囲気か。
ともだちにシェアしよう!