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9.2人のプロ2

「えぇと、名波さん、どうぞ座ってください」 立ち上がり、折り目正しく腰を折った名波さんに、ソファーを勧める。 見た通りの、真面目で礼儀正しい青年のようだ。 「失礼します」 そんな様子を見ながら、呉島さんは「葵ちゃんは真面目だからねぇ」と楽しそうに目を細める。 「葵ちゃんは可愛くてとってもいい子だからさ、雪ちゃんも風吹ちゃんも、よろしく頼むね」 ちゃん付けを改めてくれる気はないみたいだ。 呉島さんに、とってもいい子と評された名波さんは、恥ずかしいのか少しバツの悪そうな顔をして、それでもまっすぐにこちらを見て改めて頭を下げた。 「よろしくお願いします」 探偵は、「ああ、よろしくね」と年配者が若者にするように堂のいった挨拶をした。 「こちらこそ、よろしくお願いします、名波さん」 僕はそんな柄でもないから、相手と同じだけの礼儀で応える。───と、 「一条さんは私より3歳も上でいらっしゃるので、敬語は結構ですっ」 随分と慌てられた。 「私はどうも堅いらしく、周囲の方に警戒を与えてしまいまして」 堅い…か。 確かに、堅いな。 見ていて分かるほどにシュンと落ち込む。 だけど、堅いだけじゃない。 呉島さんの言った通り、可愛くていい子みたいだ。 「じゃあ、葵君」 「はい」 「僕のことも、風吹でいいよ」 「っ…ですが」 「それから、この探偵は別として、僕は仕事でここにいるわけじゃないから、知り合っちゃったからには友達。だよね?」 「友達…ですか?」 「うん」 葵君が戸惑っていると、呉島さんが横から割り込んでくる。 「じゃあおじさんも、風吹ちゃんの友達かな?」 「呉島さんは、……正雄さんだから、正さん!」 「おう、正さんだってよ、雪ちゃん」 「呉島さんは、呉島さんでいいでしょうに」 苦笑しながら立ち上がると、探偵は一人デスクに歩いて行った。 そうやって、皆を羨ましがる言葉を吐きながらも、自分も中へと踏み込んでこないのがこの男なのである。 買い物の時も、近所の奥様方と僕が世間話に花を咲かせているとフッと姿を消し、別れると何処で見ていたのかすぐにフラッと戻ってくる、こいつはそういう男なのだ。 「あ、そうだ。葵君と正さんもプリン食べる?僕がおやつに作ったんだけど」 「それは私の為のプリンだろう。勝手にあげては私が泣くよ」 頭にぱさりと何かが乗せられ、手を伸ばした。 けれど指先をかすめたそれは掴まえることができなくて、気づけば正さんの手に渡っていた。 白い封筒である。 「さあ、仕事の話だ。2人のお友達の一条君は、邪魔になるからあっちへ行っておいで」 酷い話である。 葵君は僕より3つ下と言っていた。25歳だ。 とてもいい子だ。 25歳。ならば、探偵と同い年のはずである。 探偵は、とても……嫌な奴だ。

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