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12.予告状3
豆をセットしてスイッチを入れると、ミルが大きな音を立てた。
頭が混乱している。
コーヒー豆が砕ける音が、いつもよりも遠くに聞こえる。
コーヒーマシンに細かくなった豆と水をセットする。
やがて、マシンがコポコポと音を立て始めた。
確か、昨日のクッキーがまだ残っていた筈だ。探偵がつまみ食いしていなければ、だが。
ああ、そういえば探偵が、フレンチの気分だと言っていたか…。
フレンチってなんだよ。子羊の…とか、何かの赤ワイン煮だとか、なんだかお洒落に聞こえる料理を作れってか。
普段は作らないし食べにもいかないからよくわからない。
探偵は、そういう店も似合いそうだしな。
きっと上品にお洒落に食べて、また女性から熱い視線を注がれるのだろう。
女性……更科春子もフランス料理を食べに行ったりするのだろうか。
日本人なら誰もがその名前を知っている企業、更科製薬の代表取締役、更科重行の娘、更科春子。
いや。ボランティア団体の代表者で、自分のことより恵まれない人への寄付を義務とする彼女ならば、自らの財産を使って高級料理を食べることなんて、きっとないのだろう。
探偵に依頼すれば、余計な金もかかる。
そんなことで大切なお金を使うことが憚はばかられたから、依頼を取り下げるよう言いに来たのかもしれないな。
「……───っ!?」
いや、そうじゃない。
彼女は依頼するよりも多額の取消料を払って、自分を護るなと言ってきたのだ。
それなのに、探偵は捜査を続けようとしている。
更科氏から依頼されたのは、春子の護衛ではないからだ。
更科氏は、娘の生死を問わないと言ったそうだ。
「そんな…っ」
娘が死んでも構わないなんて、そんな…本当に親の言葉なのか!?
コーヒーマシンがボコンと一際大きな音を立てた。
やけにその音が耳に響いた。
サーバーを引っ掴んで部屋へ飛び戻る。
「探偵!春子さんが死んじゃう!」
葵君が、正さんが振り返る。
探偵はゆっくりと顔を回すと視線をこちらに合わせ、ふぅ───と長く息を吐いた。
「君は馬鹿だが、もう少しぐらい馬鹿な方が丁度いいのかもしれないな」
「だって、親なのにっ」
「いや、やはり君は、どうしようもない馬鹿だ」
腕を組んで足を投げ出し、探偵はまた深く息を吐きだした。
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