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14.菜の花園

一緒に行くから待っていろと言ったくせに、やはり買い物についていけないと探偵が言うから、久々に一人で外を歩いた。 すぐに片付けたい仕事ができたのか、外出の用事が出来たのか。 探偵の仕事は謎で、普段どんなことをしているのか、ずっと傍にいる筈なのに僕には想像もつかない。 そして、久しぶりの自由時間を得た僕は鼻歌交じりで浮かれていて、知っている顔を見かけたからと、つい遠くから手を振ってしまっていた。 しまった───と思った時にはもう相手に気づかれていた。 顔を知っているだけで、親しい仲ではなかった。 更科春子は僕を見止めて、顔を曇らせた。 とにかく必死に弁解した。 自分は探偵事務所の所員ではないこと。 探偵から言われて見張っていたわけではないこと。 夕飯の買い物に向かう最中であること。 べッグエネディクトンって名前の食べ物を知ってますか? 探偵に朝食に出せと言われたんですけど、作り方を調べようとしたらなかなか名前が思い出せなくて、さっきやっと浮かんで。 でもスマホで検索しても出てこないんです。 そう話したら、漸く彼女が笑ってくれた。 エッグベネディクトでしょうか、と。 笑顔もやはり、綺麗だった。 そして今、僕は更科春子と共に食事を終え、子供たちと遊んでいる。 彼女の運転手──だと思っていたが、どうやら執事らしい──の中川さんも一緒だ。 ここは菜の花園。 春子さんのボランティア団体の建てた児童養護施設だ。 彼女は週一ペースでここへ足を運び、夕食なり昼食を共にしているそうだ。 ---------- 「ふぶき、オレが風呂からあがるまで帰んなよ」 急に背中から重みが消えた。 小学一年生の竜弥(たつや)が床に下りたからだった。 それまでの僕は、竜弥の騎馬だった。 「風吹じゃなくて、おにいさんだろ」 めっと指を突きつけると、「おにいさんじゃなくておっさんだろー」と可愛くないことを言い残して走っていく。 「かっっわいくねーなあ」 思わず漏らすと、春子さんがふふと笑いをこぼした。 「本当に、可愛いですよね」 「まあ、探偵に比べたら」 「子供たちも、一条様のことを好きになったようです」 中川さんも目を細めると、春子さんと視線を交合わせて笑った。 いい雰囲気だと思った。 もしかしたら、2人は主従であると共に、恋人同士なのかもしれない。 「どうかまたいらして下さいね」 「…はい」 細く白い指先が、手に触れた。 握られて、一気に走った緊張で頬が熱くなった。 「あー!春子お姉さんに手握られて赤くなってる~!」 「風吹お兄さんのエッチ~!」 女の子というのは、どうしてこんなに目聡いのだろうか。

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