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15.新宿1
「それで、君は更科春子とディナーを共にしたというのかい」
探偵は、苛ついているようだった。
3階の自宅の玄関を開けた途端、音を聞きつけた探偵に、探偵宅のリビングに引きずり込まれた。
「君の仕事の邪魔はしないよ。ちゃんと、所員じゃないと伝えたしね」
「そういう問題ではない」
ならば、どういう問題なのだろうか。
命を狙われている者の傍にいれば僕にも危険が及ぶからと、心配を?
……と、それはないか。
探偵が心配をするとしたら、僕が居なくなった後の食生活ぐらいなものだろう。
「関わるなと言ったのに…」
「え?」
呟きを聞き返そうとしたら、睨みつけられた。
僕が睨んでも全く意にも介さないくせに、この男が目を鋭くしただけでこの世のものと思えない兇悪に見える。
体が竦み上がり、力が抜けたままにソファーに腰を下ろした。
「兎に角、今後は彼女に一切関わることのないよう。分かったね、一条君」
声のトーンが落ちた。
例えればそれは、オーケストラがチェロからコントラバスのパートに切り替わった、楽器が丸々変わってしまったような、それほどの音程の落差だ。
導かれるように頷くと、探偵は漸う表情をいくらか柔らかくする。
「それはそうと一条君、私は君のせいでまだディナーを頂いていないのだよ」
「えっ?だって僕、メールで…」
「君は、メール1本で料理まで出現させることができるのかい?」
いや、当然そんなことが出来るわけもない。
外で食事を済ませるから、外食でもしてくれと、そうメールで連絡を入れたのだ。
「それとも、今更私に君の作ったもの以外を食せ、とでも?」
探偵はうんざりしたように深く息を吐き出す。
「じゃあ、すぐに用意するから…」
「いや、結構だ」
即座に断られた。
浮かした腰を戻そうとすると、手首を掴まれ立ち上がらされる。
「これから出掛けるから、君も付き合い給え」
なんだよ。普通に外で食事、出来るんじゃないか。
「何処に行くんだよ?」
見上げるも、探偵はこちらを見返そうともせずにキーケースを取りに向かう。
そして人を追い出しながら部屋から出ると、今度はまるでエスコートでもするみたいに僕の背中に手を添えた。
「行けば分かる。新宿だ」
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