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18.探偵の仕事仲間2

それから探偵とママは、しばらく世間話をしていた。 仕事の話じゃないのだから入っても良かったのかもしれないけれど、話を振られない限りは大人しく酒を飲んでいた。 僕が4杯目のブルーのカクテルを飲み干した時、探偵は見計らったかのように御馳走様と言い、席を立った。 それに倣い、僕も椅子から下りる。 「ママ、御馳走様でした。どれも美味しかったです」 「うふっ、ありがとう風吹ちゃん。また来てね」 「はい」 最近ちゃん付けで呼ばれることが多いな…。 ぽーっとした頭で考えていると、背中にやんわり手が触れてきた。 「行くよ、一条君」 歩くよう促す手に、くらりと少し頭が揺れた。酔いが回っているようだ。 「大丈夫か?」 「んー…へいきへいき」 僕のことを心配するなんて珍しいな、探偵。 壁に掴まりながら、階段を上がる。 「アルコールに弱いなら、無理して飲まずとも…」 「弱くはないよ、好きだし。探偵はぁ、ザル?」 「顔に出ないだけだ。ママの出す酒は濃いからな。大分回っている」 「濃いから、ってー…たんていの飲んでたの…ロック…だったからぁ…」 関係…ないじゃん…… 「おい、一条君、こんなところで寝るなよ」 頭がふわふわする。 探偵に抱えられながら明治通りに出て、やがて通ったタクシーに乗り込んだ。 「何故私が君に膝枕など…」 頭上で探偵がブツブツと呟いているのが聞こえる。 「なぁ、探偵」 「なんだ?」 「美味しかったし…楽しかったなぁ…。また、一緒に…」 「……まったく」 食事に行こう、と伝えたかったのに、瞼と口がやけに重くて、言葉は途切れてしまった。 髪を撫でられて、くすぐったかったけれど動けなかった。 もしかしたら、気持ちが良くて動きたくなかったのかもしれない。 車が揺れる。まるでゆりかごのよう。 心地良い。このまま眠ってしまいたい。 「一条君、着いたぞ。起き給え」 ああ…まだ寝ていたいのに…。 腕を掴んで引き起こされる。 面倒だ。歩きたくない。 「たんてい…おんぶ…」 足が地面に触れる。外の空気は少し冷たい。 「さっきから探偵探偵と…、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、君はとうとう私の名前まで忘れてしまったのか。次探偵と呼んだら捨て置いていくぞ」 探偵がブツブツと文句を言っている。 馬鹿って、ヒドイ。 捨て置かれるのは嫌だなぁ。 名前で呼ばれたいのなら、素直に呼んでくれと言えばいいんだ。 探偵の名前…なんだったかなぁ…? あおやま─── 「ゆきみつ…」 「……は!?」 「雪光ぅ、おんぶ」 両手を広げる。 探偵は暫く妙な顔をして固まっていたけれど、やがて背中を向けると掴まりやすいよう背を屈めた。 「乗り給え」 「うん」 階段をリズム良く上る。 事務所のある2階を越え、住居である3階へ。 探偵、力持ちだ。それに全然酔ってないみたい。 やっぱりお酒、強いんだ。 顔も整ってるし、男らしいし、ゲイバーのママがキャーキャー言っちゃうのも納得かも。 僕なんて探偵より年上なのに、子ども扱いだったもんな…。 ゲイバー……… 「雪光も、男が好きなの?」 「───っ!?」 歩調が崩れた。おかしなことを訊いてしまったようだ。 「あれはビジネス上の付き合いだ。普段はあのような店には行かない」 「そっかぁ。じゃあ普通に女の人が好きなんだ」 だからと言って、あれだけモテる探偵が、特定の女性といるのを僕は見たことがない。 「私はね、一条君」 探偵の声が、低くくぐもる。 「人間としてしか人を───愛せないのだよ」 ……哲学?よく分からない。 けど、 「…そんなの…」 僕も同じだ、と口を動かしたけれど、その声は小さくて、どうやらドアを開く音にかき消されたようだった。 そして家についた安心感に、僕の記憶はそこで途切れてしまったのだった。

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