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天然人タラシ4
「なあ、絶対詩子ちゃん嫌がると思うぞ。アラサーのおっさんの使ったベッドとかお風呂とか」
探偵の正面に座り直して、クッションを投げつける。
「加齢臭がするとか言われたら、ショックだからな!」
「ああ、それなら安心し給え。昨夜床を共にしたが、君から漂う香りは不快なものではなかった。女性もののシャンプーやボディソープを使っているだろう」
「それは、まぁ…ばあちゃんが残してったのが良い匂いしたから、詰め替えもそれ買ってて…」
つーか、床を共にとか、変な言い方をするな。他人が聞いたら誤解する。
「肌も滑らかで、美味しそうだったものだから、つい齧ってしまったほどだ」
「は…あっ!?齧ったって……」
肩についていた噛み痕を思い出し、Tシャツの肩をずらした。
「これっ、噛んだのお前か!!」
「ああ、痕になってしまって、可哀想に」
伸びてきた手が素肌を撫でる。その手を慌ててピシリと払いのけた。
「噛むなよ、ばか…」
脱力する。
何もしてないって…言ってたじゃないか。何故君に何かしてやらなくてないけないんだ、って…。
噛んでんじゃん……。
「君は自覚が無い分性質 が悪い」
ぼそりと探偵が何か言った。
「なに?」
「この天然人タラシが」
その一言は、声が遠くて僕の耳には届かなかった。
「青山?」
「事務所に行くと言ったのだよ。そろそろ客が来る」
また、お客さんか。依頼人じゃなくて。
ずれたTシャツを直して、立ち上がる。
「コーヒーより、紅茶がいいか?」
朝食でコーヒーを飲んだからと尋ねると、探偵は首を横に振る。
「いや、飲み物はいらないよ」
「それじゃあ、お菓子もいらないな」
「ああ、そうだね」
探偵が玄関キーを締めるのを確認して、先に階段を下った。
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