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君が煽らなければ1

探偵を率いて階段を下る。 と、まだ開いていない探偵事務所の前に、1人の女性が立っていた。 顔を上げた彼女は、僕を通り越して上、探偵を見つけると嬉しそうに笑った。 「青山先生!」 先生って……そうか、職業・探偵も先生って呼ばれることがあるんだっけ。 明智先生とか、毛利先生とか、青山…先生……探偵が先生ってガラかぁ? 「ああ。どうも、篠崎先生」 こっちも先生か。探偵仲間ってことはないだろうし…。 美女と言うのはこういう人のことを言うのだろう。 はっきりとした顔立ちに、濃い色の口紅が良く似合う。 纏うスーツも恐らく上等なものだ。 歳は、僕と同年代か少し上か。 女性としては背が高く、隣に立つと丁度目の高さがあった。 まあ、目の高さが同じだからと言って、それで何かが通じ合うわけでもなく、 「おはようございます」 頭を下げたけれど、盛大に無視をされた。 世の女性などきっと皆そうなのだろうと思う。 極々一般的な平凡な男と、探偵のような美形とが並んでいたら、どうしたってそちらに目がいく。 僕のような平均点は、人目を引く光など放てないのだから。 「篠崎先生、こちらはビルのオーナーの一条さんです」 珍しい紹介の仕方もあるものだ、とぼんやり考えて暫く、本来正しいのはこっちじゃないかと気付いた。 奴隷だ奴隷だと呼ばれ続けていたから、それに慣れてしまっていた。屈辱だ。 「オーナーさん?でもこちら、お若いですよね。まだ学生さんなのではなくて」 「オーナーとしては若いですが、私より年長者ですよ」 若いと言われることにも慣れてはいるけれど…、悪意の有る無しぐらい、僕にも判別がつく。 嫌いだな、と感じて即座に心に否定した。 人とは鏡である。こちらが嫌いだと思えば、向こうも具にそれを感じ取り嫌悪感を持つものだ。 「一条さん、こちらは弁護士の篠崎先生。最近は良くテレビにも出演なさっているんですよ」 「…そう…ですか」 探偵が僕に敬語を使っている。 気持ち悪いな。 ふとこちらを見た篠崎と目があった。此処にきて漸くだ。 けれどその視線から伝わるのは好意ではなく、怪訝だとか不満だというマイナスの心情。 なんだろう。テレビに出てること、気付いててほしかったのかな…。 「えと、有名な方なんですね。すごいなぁ」 ……今度はあからさまに睨まれた。 ボキャブラリーが足りなかったみたいだ。 「青山先生のお知り合いにも、あまりパッとなさらない方がいらっしゃるんですね」 「そんなことはありませんよ。彼はとても素敵な方です」 「でも、なんて言いますかしら…、平々凡々、一般的、モブキャラ…とでも申しましょうか」 「なるほど」 なるほど、じゃねーよ。庇えよ、探偵!! 「そんなことより、青山先生」 篠崎の纏う空気が変わった。 探偵の胸に頬を寄せると、顎に指をつつー、と這わせる。 「ええ、そうですね」 探偵の腕が、篠崎の腰に回される。

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