30 / 211
29.更科家の執事2
「お待たせ致しました。こんな物しか見当たらず、申し訳ございません」
戻ってきた中川さんの手には、缶コーヒーが二つ握られていた。
「コーヒーだ、嬉しい」
ベンチを探して、2人で座る。
「コーヒー、お好きでしたか」
中川さんは安心したように、笑みを零した。
「好きだけど、嬉しいって言ったのはそうじゃなくて」
不思議そうに見つめ返される。
「他の人にはコーヒーなのに、いつも僕だけジュースなんだもん」
「そう…でしたか」
中川さんの口から、ふっと小さく息が吐き出された。
「もー、笑い事じゃないんです。昨夜もバーで、探偵はバーボンとか言って大人ぶってんのに、3つも年上の僕には黙って可愛いカクテルが出てくるんですよ。しかもピンクの。
僕もう28歳なのに、童顔だからって馬鹿にしすぎだと思いませんか!
…まあ、美味しかったし、悪い人じゃないのは分かるから、怒ったりはしないけど、でも……」
「……」
「どうしました?」
「いえ…」
いえ、と言われても、どうしたんだろうと思わずにいられない。
目が泳いでいて、明らかに動揺している。
何か用事を忘れていたとか、迎えの時間を間違えていたとか…?
「その…」
「はい!」
時間がまずいなら、此処からなら歩いて帰れるからと伝えようと思ったのに……
「一条様は、28歳、でいらっしゃるのですか?」
「またそれですか!」
「っ…申し訳ございません!」
盛大に頭を下げられた。
「あ、違うんです。昨日も初めて会った人に、同じことで驚かれたから。でも、そんなに分からないかなあ」
自分では、これでも老けた方だと思っている。
時々高校生に間違われたり、去年ぐらいまでは居酒屋で身分証の提示を求められたりしたけれど、それはきっと間近で顔をガン見していないからなのだろうと思っていた。
背が低いとそれだけで、遠目に子供と間違われることもあるだろうし。
中川さんに顔を近づけて、じっと見つめる。
どうだ、良く見たらちゃんと大人なんだなって分かるだろ?
「どう…されました…?」
ただ、動揺させただけだった。
「じゃあ、やっぱり体格かなあ。中川さんスーツで分かり辛いけど、実は良い体してますよね。この前も子供片腕に2人ずつぶら下げてたし。筋肉付けたら僕も年相応に見えるかなぁ」
「筋肉ですか…。少し失礼します」
飲みかけのコーヒー缶を脇に置いた中川さんの手が、腕に触れた。
肩、胸と確認するように下へ動き、腹から太ももへ到達する。
何をしてるんだろう?少しこそばゆい。
「…ひゃぁっ…」
「───っ!」
くすぐったくて、思わず変な声が出た。
「…申し訳ありません」
「い、いえ…」
気まずそうに目を逸らされた。
恥ずかしい…。太ももくすぐったいとか、女の子か。
「その、一条様は筋肉の付き辛い体をなさっておりますので、鍛えるならば自己流よりもジムに通われた方が宜しいかと」
そうか、筋肉を触ってそれを調べてたのか。
「ジムかぁ」
「ご迷惑でなければ、私が探してご紹介させて頂くことも出来ますが」
「う~ん…、探偵がなんて言うかな。どうせまた、君は肉体労働などしないのだから無駄金を払ってまで鍛える必要はあるまいとか、その間の私の食事は一体どうするつもりなのだ、とか…」
「それでは、私がお教え致しましょうか?」
「えっ!?」
「主人に休暇を頂けた時のみになってしまいますが、それで宜しければ料金も頂きませんので、無駄金と言うことにはならないかと。生徒さんがお一人であれば、探偵殿のお食事の合間に時間をとることも出来ますし」
「先生~~っ」
その手を両手でぎゅっと握りしめた。
手も大きい。手袋越しでも分かる、硬い掌に、僕よりも第一関節分長い指。
大人の男の手だ。羨ましいっ。
「不肖の弟子ですが、よろしくお願いします!」
すでに頭の中には、鍛えられた体の自分が映し出されている。
こういう想像の自分は、何故か身長も5センチ10センチ伸びているけれど。
細マッチョの僕、男らしくてかっこいい!!
「先生…ですか」
「うん!僕も中川さんみたいに格好良くなりたい!」
「その…、私はそんな風に言っていただける程…」
「ううん!おっきいし、力持ちだし、イケメンだし、大人っぽいし、すっごくかっこいい!…あっ、…です」
興奮すると、ついつい敬語を忘れてしまう。
それに今のは少し、子供みたいだったかな…。
おっきいしかっこいい……って。
長身で見栄えもいい、とか言えばよかったな。
なんだか恥ずかしくなってそっと伺い見ると、中川さんの口元が、手袋で覆われ隠されていた。
笑われてる…?
ともだちにシェアしよう!