31 / 211
30.更科家の執事3
「…僕、子供っぽかったですよね、今。恥ずかしい…」
「いえ!そうではなく…」
顔を上げた中川さんの目元は、うっすら赤く染まっていた。
「そんな風に真っ直ぐ誉めていただくことはありませんので、少し照れてしまって…」
「えっ?なんでだろう、もしかして皆恥ずかしくて言えないのかな?えっ、じゃあ僕ダブルで恥ずかしい!?」
「いえ、とても可愛らしくて好感を持たれると思います」
「かっ…可愛いとか言うなよ!」
怒鳴ってしまってからはたと気付く。
目の前でびっくりした顔をしているのは、執事の中川さんだ。
つい昔を思い出してやってしまったけれど、相手は高校の友達じゃない。
「あの、怒鳴っちゃってすみませんっ!」
思い切り頭を下げると、中川さんは口に手を当てたまま暫く黙り込み、
「いえ…」
小さく声が聞こえたかと思うと、堪えきれない様子でとうとう盛大に吹き出した。
何か笑うポイントでもあったろうか。どうしてだかオロオロしてしまう。
「中川さんっ、僕、なにかっ」
暫く肩を揺らしていた中川さんは、やがて息を整えると、こんなに笑ったのは久し振りだと教えてくれた。
「子供の頃以来でしょうか」
彼の中の子供が何歳までかは分からないけれど、僕と同年代と考えるともう10年以上?少なくともオリンピック2回分は笑っていないことになる。
そんなに笑わずにいるだなんて、もしかしたら仕事が辛いんだろうか。
春子さんはあんなに優しそうなのに。
「中川さん、僕といると楽しい?」
「ええ。まだ短いお付き合いですが、貴方との出会いは私の中で特別なものとなっております」
お…おぉ!熱い口説き文句みたいだ。
もちろん男同士、そんな深い意味は無いだろう。だけど無いからこそ、そんな風に言ってもらえたら、嬉しい。
「じゃあ中川さんは、僕の友達ですね。もしかしたら親友になれるかも」
これから親友になれるかもしれない。そう思うと、自然に気分が高揚してくる。
「中川さんは、中川なにさん?」
「中川高虎でございます」
「高虎さん…。かっこいい、武将みたい!」
「藤堂高虎ですね」
探偵なら、ここで武将うんちくでも始めるところだろう。
「僕は一条風吹って言います」
「はい、存じ上げております」
中川さんはふわりと優しく微笑む。春子さんと微笑みあっていたあの時の顔と似ている。
「高虎さん、僕とお友達から始めてください」
「では、まずは敬語を改めましょうか。私も貴方と同じ、28歳です」
「えっ、そうなの?同年代だと思ってたけど、同い年だったんだ。なんだか嬉しいね」
「ええ。私は随分と下かと思っておりましたが」
友達って言ったら、急に失礼になった。
怒ったふりをして拳を突きつけると、軽くいなされ逆に腹に軽く拳を当てられる。
「もーっ!」
背中を向けると、すみませんと笑い交じりに謝られた。
別に本当に怒っているわけではないから、こっちもなんだか笑えてくる。
「まあ、馬鹿にしないってんなら別に仲良くしてやってもいいけど」
笑顔を隠してわざとツンとした言い方をすると、
「ああ。よろしく、風吹」
───不意打ちを食らった。
敬語じゃない高虎は、妙に男らしくて、変にドギマギしてしまった。
ともだちにシェアしよう!