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30.更科家の執事3

「…僕、子供っぽかったですよね、今。恥ずかしい……」 「いえ! そうではなく…」 顔を上げた中川さんの目元は、うっすら赤く染まっていた。 「そんな風に真っ直ぐ誉めていただくことはありませんので、少し照れてしまって…」 「えっ? なんでだろう、もしかして皆恥ずかしくて言えないのかな? えっ、じゃあ僕ダブルで恥ずかしい!?」 「いえ、とても可愛らしくて好感を持たれると思います」 「かっ…可愛いとか言うなよ!」 怒鳴ってしまってからはたと気付く。 目の前でびっくりした顔をしているのは、執事の中川さんだ。 つい昔を思い出してやってしまったけれど、相手は高校の友達じゃない。 「あの、怒鳴っちゃってすみませんっ!」 思い切り頭を下げると、中川さんは口に手を当てたまま暫く黙り込み、 「いえ…」 小さく声が聞こえたかと思うと、堪えきれない様子でとうとう盛大に吹き出した。 何か笑うポイントでもあったろうか。どうしてだかオロオロしてしまう。 「中川さんっ、僕、なにかっ」 暫く肩を揺らしていた中川さんは、やがて息を整えると、こんなに笑ったのは久し振りだと教えてくれた。 「子供の頃以来でしょうか」 彼の中の子供が何歳までかは分からないけれど、僕と同年代と考えるともう10年以上? 少なくともオリンピック2回分は笑っていないことになる。 そんなに笑わずにいるだなんて、もしかしたら仕事が辛いんだろうか。 春子さんは、あんなに優しそうなのに。 「中川さん、僕といると楽しい?」 「ええ。まだ短いお付き合いですが、貴方との出会いは私の中で特別なものとなっております」 お…おぉ! 熱い口説き文句みたいだ。 もちろん男同士、そんな深い意味は無いだろう。だけど無いからこそ、そんな風に言ってもらえたら、嬉しい。 「じゃあ中川さんは、僕の友達ですね。もしかしたら親友になれるかも」 これから親友になれるかもしれない。そう思うと、自然に気分が高揚してくる。 「中川さんは、中川なにさん?」 「中川高虎でございます」 「高虎さん…。かっこいい、武将みたい!」 「藤堂高虎ですね」 探偵なら、ここで武将うんちくでも始めるところだろう。 「僕は一条風吹って言います」 「はい、存じ上げております」 中川さんはふわりと優しく微笑む。春子さんと微笑みあっていたあの時の顔と似ている。 「高虎さん、僕とお友達から始めてください」 「では、まずは敬語を改めましょうか。私も貴方と同じ、28歳です」 「えっ、そうなの? 同年代だと思ってたけど、同い年だったんだ。なんだか嬉しいね」 「ええ。私は随分と下かと思っておりましたが」 友達って言ったら、急に失礼になった。 怒ったふりをして拳を突きつけると、軽くいなされ逆に腹に軽く拳を当てられる。 「もーっ!」 背中を向けると、すみませんと笑い交じりに謝られた。 別に本当に怒っているわけではないから、こっちもなんだか笑えてくる。 「まあ、馬鹿にしないってんなら別に仲良くしてやってもいいけど」 笑顔を隠してわざとツンとした言い方をすると、 「ああ。よろしく、風吹」 ───不意打ちを食らった。 敬語じゃない高虎は、妙に男らしくて、変にドギマギしてしまった。

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