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31.真っ直ぐな人1
車に戻って移動する。
春子さんを一緒に迎えに言ってもいいかと訊ねると高虎は、「春子様もお喜びになるでしょう」と快く車に乗せてくれた。
春子さんはいつも後部座席に座るらしい。
助手席に人を乗せるのは久しぶりだと言われた。
僕の前は昔の彼女かな。
執事なんてやってると休みも少なくてまちまちで、女性と付き合っている暇もないのだろう。
出会いも少ないだろうし。
……と考えてから、出会いを探せば幾らでも見つかるはずの自分にも、随分と長いこと恋人がいなかったことを思い出した。
時間云々は関係ないのかもしれない。
「そう言えば、高虎」
「はい」
高虎は前を向いたまま返事をする。
「春子さんは、なんで探偵に護ってもらうことを拒否したんだろう?」
ハンドルを握る手が、ピクリと反応した。
「やっぱりうちの探偵、胡散臭いから?高虎に護られてた方がずっと安心だろうし、それは分かるんだけど、でも」
「心配?」
「うん。…あ、高虎が頼りないって意味じゃないからね」
即行で否定をすると、分かっている、と頭をぽんぽん撫でられた。
なんだかこのスマートな行動、かっこいい大人の男って感じだ。僕も今度女の子に使ってみよう。
…使っても気分を害さない女の子と、タイミングが見つかったら……。
「僕にも何かできることがあったら、教えて欲しいんだ。強くないから、あんまり役に立てないかもだけど」
「ありがとう」
高虎の手が再び頭に触れ、今度は優しく撫でられた。
「けれどうちのお嬢様は、風吹には難しいかもしれない。貴方は裏表がなく、真っ直ぐな人だから」
僕には、難しい……
「それ、探偵にも言われた」
「…そうか、探偵殿が」
どういう意味だろう。僕には難しいって。
春子さんは、あんなに綺麗で優しくて、裏表なんて………
「風吹、あの店の前で車を停め待ちますが、一度降りますか?」
ハッと顔を上げると同時に、車がゆっくりと停止した。手袋の手が頬に伸びてきて、顔をじっと覗き込まれる。
「難しい顔をしている」
「…うん。考えちゃうよね、色々」
「貴方は難しいことなど考えずに、笑っていてさえくれればいいのに」
「なんだよ失礼だな。僕だって難しいこと考えることもあるっつーの」
「あるいは、貴方ならば…」
「あっ!」
プイッと顔を背けた先に見知った顔を見つけてしまったから、高虎の呟きは僕の耳には届かなかった。
「高虎、僕いったん降りる」
「はい」
高虎が運転席の扉を開けようとするから、慌てて止める。
「1人で降りられるから平気」
「転ばない?」
「転ばないよっ!」
ドアに手をかけようとしたら、それは勝手に開いた。
つんのめりそうになると、後ろから伸びてきた手に支えられる。
「ドア、運転席で開けられるのかよ」
「本当に転ばない?」
愉しそうに笑いやがって…。
悪戯が上手くいった子供か。
「軽々と助けんな!」
「風吹、春子様がいらしたら車までお連れ頂けますか?」
「おう、任せろ」
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