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34.姉と妹2
闇───この妹が、春子さんの闇の部分なのだろうか。
清楚な春子さんとは正反対の派手な容姿。姉妹だと言われなければ判らない、似ていない2人。
春子さんは綺麗で優しくて、この桜子も綺麗は綺麗なんだろうけれど……
「性格ブス…」
庶民を見下す、姉さえも下に見る様な内面が顔に滲み出ていて……
「───なんですってこのチビ!!」
「えっ…、僕口に出して…っ!?」
真っ赤な腕が振りあげられる。
平手が頬に来る予感に、目をぎゅっと瞑った。
バスン───
掌が当たる音が、やけにくぐもって聞こえた。
頬に来ると思った衝撃はまったく訪れなくて……うっすら瞼を開く。
目の前に、大きな背中が立ちはだかっていた。
高虎、葵君、正さん。
近くにいる人の姿がよぎるけれど、そうじゃないと、すぐに判った。
だって、これはとても見慣れた背中だ。
「たん…」
「一条君、君のせいで私が叩かれたじゃないか。どうしてくれる」
振り返ったその顔は、兇悪そのものだった。
「ひっ…」
「君のことだからどうせベソをかいて下のカフェにでもいるだろうと思っていれば勝手に外を出歩いて、一体私がどれだけ歩き回って探したと思っているのだ。事務所も管理人室も開けたままで、職場放棄もいいところだ」
鬼の体を叩いてしまった桜子は、事の重大さに気づいたのか自分の車を呼び寄せるとこそこそと逃げるように場を去っていく。
「大体、」
探偵の目が、春子さんの姿を映す。
「更科春子には近づくなと言っていた筈だ。忘れたとは言わせない。もし忘れていたと言うのなら、君は馬鹿を通り越して…」
「…るっせーな……」
プツン──と、頭の中で何かが弾け跳んだ。
自分のことだけ言われているのならまだ良かった。
本人のいる前で、更科春子に近づくなァ?
その一言が、眠っていた昔の自分を引きもどし、目覚めさせた。
探偵の胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。
テメェはさっきの桜子と同じじゃねェか。
俺の代わりに殴られたとか恩着せがましいとこ悪いけどな、守りたいと思った春子さんを傷つける奴になんざ、俺は守られたくねぇんだよ!
「大体テメェは年下、店子 だろーがよ。それが、一体誰が私の食事を作るのだ?家賃に俺の使用料まで含まれてるだァ?大人ナメてんじぁねェぞ、このクソガキが!」
青山の街に合わせて被ってた猫ってのが、一匹残らず我先にと俺の体から逃げだしてく。
「なんで俺がテメェの面倒までみてやんなきゃなんねーんだよ。大人しくしてりゃァ我儘放題言いやがって、いい加減にしろよお坊ちゃまよォ。俺は下町育ちなんだよ、上品ぶって暮らすのなんざ真っ平だ。青山なんて、もうごめんなんだよ!」
「───そうか」
探偵は背を向けて、静かに言った。
「勝手にし給え」
そして、歩き出した。
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