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39.好きなら好きと言えばいいんだ1
「そう言えば、初めて会った頃、君は短髪だったが……、まさか板前だったとは」
探偵が、記憶を探るように目を細めた。
「今より男らしかったろ。また短くすっかな、角刈りとか」
「っ…やめ給え! 君には今の髪型の方が似合っている!」
「いや、冗談だし、そこまで激しく反対すんなよ…」
全力で反対って、お前…。
僕に短髪は似合わないってことかよ。
仕事じゃなければ短くする気もないから、別に良いけどさ。
「まあ、そうやってここに辿り着いたことも、僕が話さなきゃお前は知らなかっただろって話でさ」
「いや、そのぐらいなら調べれば分かることだ」
「調べんなよ、職権乱用」
指を突きつけると、探偵は口元に手を添え低く笑った。
「職業病かな」
なにが職業病だ。格好付けやがって。
「でも、その時々に僕が何を思っていたか、何を考えていたか、そこまでは調べても分からないはずだ」
「そうかな」
「少なくとも、僕は言われなければ分からない。だから、好きなら好きと言えばいいんだ」
「そこで振り出しに戻るわけか」
スカした顔をして、乱れて額に掛かっていた前髪をかき上げる。
「言いたくなければ言わなくて構わないよ。でも今、君は僕にとって只の嫌味な店子でしかない。ちなみに葵君は友達で、高虎は親友だ」
「高虎?…中川高虎か」
直接会った記憶はないはずだ。先程の出会いに気付いていなければ。
それでもこいつは高虎を知っている。
探偵の情報ってやつだ。
「特別なヤツには、特別に美味しいご飯を作ってやる」
「それは脅しかい?」
「脅しじゃない。誘導だ」
ニヤリと笑ってやると、ヤレヤレとでも言いたげに両手を上げる。
「わかったよ、一条君。私は君のことが好きだ」
ご飯欲しさ故か。漸く素直になりやがった。
ほらな、と勝ち誇った僕に、
「それで、特別な私に、君は一体何をしてくれると言うんだい?」
突きつけられた更なる要望。
美味しいご飯の他に、まだ何かを望むというのかこの男は。業突く張りめ。
「そうだなぁ…」
あんまり甘やかすと、また調子に乗るのは明白だし。
「……あ! 弟にしてやる」
「おと…うと…!?」
「僕、年下の弟いないから丁度良かった」
「弟は無いだろう!」
そんな興奮するほど嬉しいか。
嫌がるフリして、恥ずかしいのかな。
「青山、お前兄さんは?」
「1人面倒なのがいる。2人も必要ない」
「あ、ほんと? 僕も男兄弟と、妹が1人いるよ。青山は3人兄弟の真ん中?」
「ああ…そうだ…」
「そっかぁ。じゃあ弟とお兄ちゃん、どっちでもあるわけだ。それもいいなぁ」
探偵は黙って頷くと額に手を当て、ハァ───と長い息を吐いた。
「一条君、君も兄だと言うのなら、私のことは青山ではなく───」
声が少し嗄れている。帰ってきてからまだ、水分を取っていないのだろう。
探偵も、僕を捜して走り回ったと言っていたから。
「喉が渇いたならこれでも飲みなさい、雪光」
探偵の淹れてきたアイスティーのグラスを差し出す。
探偵は膝に倒れ伏し、何故か赤く染まった顔を掌で隠した。
僕もそろそろ喉が渇いたし、グラスを取って一気に飲み干す。
「怒らせたことにより、隠れていた男の部分が出てきてしまったと言うことか…?」
「ん? なに?」
「いや。───ん、この足音は…」
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