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41.素敵な受け様1
今日の探偵は、なんだか変だ。
いや、今日だけじゃない。昨日から、かな。
更科春子の案件が持ち込まれてから…本人が来てからか。
一昨日までと少し違う。
自分勝手で人のことを奴隷として扱っていたあの男が、おとなしく言うことを聞いたり、僕を捜して走り回ったり。
半年掛けて、やっとお兄さんに懐いたってことかな。
好きだってちゃんと認めたしな。ふふっ、可愛いヤツめ。
アイスティーのグラスをトレイに載せて戻ると、予想の範疇と言うか案の定と言うか、探偵と詩子ちゃんは見事に言い争いをしていた。
探偵に言い負けない女の子ってのも貴重だな…と感心していると、気付いた詩子ちゃんが早く早くと自分の隣の席をポンポン叩く。
探偵をちらりと伺うと、不機嫌そうにソファーの背もたれに身を任せた。
「お待たせ」
グラスを三つテーブルに置いて、詩子ちゃんの隣に座る。
「ありがとうございます、風吹様」
きゃ~っ!と一際高い悲鳴。
どうやら悲鳴の先は、僕…らしい?
風吹さん、から風吹様、に昇格しているし。
女の子の心情は、一瞬で大幅に変化するから難しい。
「私この後出かけなくてはなりませんの。風吹様と共にいられるのも後僅か」
手を両手で握られて、見上げる瞳はウルウルと濡れる。
本当に、一体彼女に何があったのだろう。
「え、と…。何処行くのかな?」
「サークル活動ですわ」
きゃっ、と両頬に手を当てる。とても楽しそうだ。
「サークルの皆様にも風吹様をぜひご紹介したいですわ」
「僕より雪光の方が女の子には喜ばれるんじゃないかな? 短大生から見たら僕なんかもうおじさんだし」
「まあ!何を仰いますの。風吹様はとってもと~っても素敵なう…」
「なう…?」
何故ツイッター風?
「とにかく、兄様など比べ物にならないくらい、素敵ですの!」
拳を握りしめて、鼻息も荒く詩子ちゃんは言い切った。
う~ん…、世の中色んな趣味の人がいるからな。
オジサン好きとかポチャ好きとか。
詩子ちゃんは探偵と仲良くないみたいだし、真逆の人間がタイプということなのかもしれない。
素敵と言われるのは正直嬉しいけど。
「一条君、これは少し変わっているのだ」
探偵よ、嬉しいと思った僕の気持ちを一体どうしてくれる。
「詩子は、これを飲み終えたら風吹様と一時離れなくてはなりません」
「ならば一気に飲み干してさっさと出かけると良い。帰る場所はお前のマンションだ」
「風吹様、明日にも引っ越し業者から私の荷物が届くと思いますので、よろしくお願い致します」
「月末までの契約のお前のマンションはどうするつもりだ」
「勿体ないとお思いでしたら、お兄様がお使いになられれば?」
本当に負けていない。
どころか、勢いではあの探偵に勝っている気すらする。
すごいなぁ、詩子ちゃん。
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