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48.イワナガヒメ3

プツリと、小さな音と共に、床に投げ出された。 カランカラン─── 先端が赤く染まったナイフは、床を滑っていった。 探偵が、菅原由実を羽交い締めにしていた。 視線の端で、高虎が春子さんを庇うように抱き締めていた。詩子ちゃんが千春さんを連れ、部屋の隅へ走った。 酷く熱い首を押さえると、掌がぬるりと赤く染まった。 あぁ、血だ。 不思議と痛みを感じない。ナイフで切られても、そう痛いものではないのか。それともこれから痛みに変わっていくのだろうか。熱い。ただ熱いだけだ。 「風吹様っ」 腕を取られる。 こっちに来たら危ない。詩子ちゃんにそう告げようとしたけれど、言葉は水っぽい咳になって消えた。 「皆、無事で良かった」 そう声を掛けたつもりだった。 春子さんが、無事で良かった。 情けないことに、彼女の安全を知ると涙があふれた。 「何を泣いているのだ、一条君」 探偵がこちらに視線をやり、顔をしかめる。 「だっ…て…」 「勝手に泣くな。君を泣かせていいのは私だけだ」 「そっちこそ…」 勝手なこと言うなよ…… 「風吹、止血を」 高虎がこっちに来ようとするから手で押しとどめる。けれど力が入らず腕はパタリと床に落ちた。 「中川さんは春子お姉さまについて差し上げてください」 ああ、情けないな…。助けるはずが人質になって、首を切られて、1人で立つことも、座ることすら出来ないなんて。 「風吹様、私に寄りかかって座れますか?」 詩子ちゃんは意外に力強くて、膝に抱えられる格好で起き上がらせてくれた。 「少々痛みますが、我慢なさって下さいませ。止血します」 ハンカチが傷口にあてがわれた。強く押されて、一瞬息が止まりそうになる。 気が、遠のきそうだ。 ……でも、だめだ。こんな時に意識を失っては。 気合、入れなきゃ…! だってまだ、事件は終わっていない。何がどうして使用人が春子さんを襲ったのか、一体どうして3人も殺したのか。 こんなところで倒れていないで、きちんと聞かないと、僕の中でも終われない。 何故春子さんが、探偵の護衛を拒んだのか。

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